2015年05月30日

中国人民解放軍 ゲートル (実物放出品)


中国人民解放軍のゲートル(巻脚絆)です。
中国人民解放軍では、ゲートルは主に1980年代辺りまでつかわれていたようです。





中国人民解放軍では、基本的には足回りはズック製の解放靴を履くのみで、ズボンの裾もそのままにしておくのが殆どでしたが、山岳地帯での戦闘や、長期徒歩行軍の際にはゲートルも使用した模様です。





素材はコットン製で、端末も縫われていない極めて簡素な作りです。
肝心の使い心地は、私の試用した限りにおいては極めて使い難い代物でした。





日本陸軍の巻脚絆との比較です。
日本軍の物は絨製で伸縮性があり適度な巻き具合で使えるのですが、コットン製の解放軍の物は柔軟性が一切無く、よほど上手くまかないと、うっ血して立ち上がれないか、歩いているうちにほどけてしまいます。





しばしば「日本軍の代用に」の文言で販売されているのをみかけますが、そのつもりで手を出すのはやめておきましょう。



  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(0)装備:中国軍

2015年05月23日

中国人民解放軍 中越戦争装備


今回は、中越戦争当時の中国人民解放軍装備を紹介いたします。







画像は中国人民解放軍の小銃手の基本装備です。
「恩知らずのベトナムを懲罰する」という、近代戦史上前代未聞の開戦理由により始まった戦争は1979年2月17日 ~ 3月16日まで続き、奇襲側の中国人民解放軍はベトナム戦争の経験豊かなベトナム民兵の猛反撃に合い大損害を受け、カンボジアにあったベトナム軍主力が引き返してくる頃合を見計らって、一方的な勝利宣言ののち中国本土に引き上げました。







画像は中国人民解放軍の班用機関銃手の基本装備です。
知れば知るほど意味のわからない戦争ですが、中ソ国境紛争以来、10年ぶりの実戦を経験した中国にとっては相当のショックだったようで、文化大革命以来の人海戦術一本やりの戦術を捨て、軍の近代化に全力で取り組むきっかけとなりました。







一般には経験豊かなベトナム民兵の攻撃で一方的にボコられ敗走した哀れな弱兵のイメージで語られる中越戦争の顛末ですが、実際にはベトナム側も相応の被害を受けており、ベトナム戦争でもほぼ無傷だったベトナム北部の主要都市が灰燼に帰する被害を受けています。
中越両国の発表によっても、1ヶ月足らずの戦争期間での人的被害が両軍共に2万人近く、決して小規模な小競り合い等ではなく、本格的な戦争だった事が伺えます。





画像では、RPKを装備していますが、実際には人民解放軍の分隊支援火器のほとんどはRPDでした。





サバゲーでは使う機会の少ないバイポッドを展開した伏射姿勢です。







中越戦争当時の記録映像や、戦争映画で見られる、ラフな姿の解放軍兵士です。
この時期はインナーは白ワイシャツが多く、まくった袖や襟元からシャツがのぞいいています。
やがて中越国境紛争の頃には、タンクトップやTシャツ等、ラフな格好になっていきます。







1979年当時の画像を見ていると、兵士の多くはいわゆる人民帽を被っており、スチールヘルメットは少数派のようです。
戦闘での頭部戦傷率の高さに直面したのか戦闘も後期になるにつれてヘルメット着用率は上がっていき、記録映像においては、純国産のGK80ヘルメットの他にも、かつての戦争での鹵獲品と思われる米軍M1ヘルメットや日本軍の90式鉄帽、果てはドイツ軍のM35ヘルメットまで確認できます。







中越戦争では、戦場が山岳地帯だったため、徒歩行軍時の足のうっ血を防ぐ為、ゲートルを巻いている事がおおいようです。
画像で使用しているゲートルはネットオークションで軍用実物として購入したものですが、純綿製のロールで、とても使いづらい代物です。
というか、柔軟性がなさすぎてちょうど良い巻き具合にするのが非常に難しいのです。
日本軍のもののつもりで巻くときつすぎてうっ血してしまいとても歩けないし、ゆるめに巻くと簡単にずり落ちてきてしまいます。(本当に実物なのだろうか…?)
日本軍は物資不足の末期に至るまで羅紗製のゲートルを支給し続けていた理由がよくわかりました。





中国人民解放軍では拳銃も実用性のある兵器としてある程度重視していたらしく、小銃とともに拳銃を装備した姿が記録映像からも確認できます。







画像は54式拳銃に模したトカレフTT33を撃つ解放軍兵士の様子です。
銃をにぎった右手首を左手で握り支える、古い時代の撃ちかたです。







人民解放軍の装備品は負い紐でたすきがけにした重量物を貧弱な人造皮革ベルトで固定する為、非常にずり落ちやすいのですが、56式チェストリグがちょうどコルセットのように、装備位置がずれるのを防ぐ役割を果たしています。
56式小銃を持っていない兵士もチェストリグだけは装備していたりするのはなぜだろうと思っていましたが、案外これが正解かもしれないなぁなんて類推しています。





かつては物はあれど情報に乏しかった中国の軍隊の姿も、現在はインターネットでネイティブな情報に触れる事も可能で、着こなしについてずいぶん詳しくなれました。
装備品もまだ比較的安価に流通していますし、珍しい装備を試してみたい方にはお奨めです。
(現用の07式は普通に格好良すぎて面白みがなくて…w)



  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(6)装備:中国軍

2015年05月16日

マカロフPMの代用に ~ ワルサーPPK/S (マルゼン・ガスBLK)


マルゼン製ガスブローバック・ワルサーPPK/sです。
実射性能もまずまず良いですし、サイズの割りに鋭いリコイルは快感です。サバイバルゲームにおけるサイドアームとしては、必要充分な実射性能と、中型拳銃でありながら装弾数も多いという奇跡の組み合わせで、私の愛用するガスBKLのひとつであります。





価格が安いのも高評価ですね。上手くすれば、予備マガジン込みでも10,000円以内で調達できるのですから、コストパフォーマンスは非常に高いです。





本来はドイツ製銃器ですが、戦後のアメリカ市場向けの製品なので、正確には民間人の護身用もしくは私服警官の装備が一番似合う銃だといえます。
私はながらくこの銃を、主にソ連軍のマカロフPMの代用として運用していました。







画像は東ドイツ軍のマカロフPM用ホルスターです。
たぶん、現在最も安価に入手できるマカロフ・ホルスターではないかと思われます。





マルゼン製品は若干グリップ周りが太めなので、多少きつめですが、充分収納可能です。





ソ連軍装備でサイドアームを携行しようとすると、事実上マカロフ・ホルスター一択の状況ですので、必然的に収納可能な中型拳銃として、このワルサーPPK/Sは重宝しています。
画像で見ての通り、両者のサイズはほぼ同じなので、ホルスターにも収納可能です。但し、予備マガジンまでは収納出来ません。(マガジンポケットには入りますが、蓋がしまらなくなります)
現在はKSC製の正真正銘マカロフPM拳銃がリリースされていますが、本体価格や装弾数からワルサーPPK/Sもまだまだ活躍の余地はありそうです。


  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(5)トイガン:ガスBLK

2015年05月09日

中国人民解放軍 65式軍服バリエーション ~ 78式軍服 (実物放出品)


中国人民解放軍の78式軍服です。





78式軍服は65式軍服のバリエーションのひとつで、65式軍服の素材をコットンから化繊に変更し、同時に色も濃緑色に変更したものです。





ただし、一般的には詳細な区別がされる事は少なく、中国本土でも、たいてい分類上は一緒くたに「65式軍服」としてあつかわれています。





この軍服は一般兵用の2ポケットタイプです。
ポケットは手帳1個いれるのがやっと程度の容量です。
なお、指揮官用軍服は4ポケット式で、隠しボタン式になっています。





文化大革命の影響下で採用された軍服なので、65式同様に一切の装飾性を廃してあります。
55式軍服にはあったボタンの星章も省略されています。





唯一、共産主義をあらわす赤色の襟章のみが装飾性を残しています。





ズボンはストレートタイプでシンプルそのもの。
ポケットは2つあります。





尻ポケットはありません。
ズボンの末端も、各国軍服のようなボタン止めや紐で締めるなどの構造は全くありません。





腰まわりにはベルトループがあります。





ごらんのとおり、背面にはポケットが一切ありません。





軍服の中着は、画像のようなごくふつうの白色ワイシャツが着用されるのが基本です。





78式軍服を着用した姿です。
一時期、中国のイメージはまさにこの姿でした。
ベルトは人造皮革製65式ベルトを締めています。
中国では「65式腰帯」と表記されます。





戦闘用に装備を着装した際にも、足回りは基本的にこのままで、必要に応じてゲートルを巻くことがある程度です。
実に簡便な装備といえます。





背中の様子です。
特にマチや絞りなどのない、極めてシンプルな作りの服であることがわかります。



  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(0)装備:中国軍

2015年05月02日

中国人民解放軍 65式軍服 (実物放出品)




中国人民解放軍の65式軍服です。
この軍服は文化大革命のあおりを受けて改訂された物で、基本的には旧来の55式軍服と同デザインですが、階級制度が廃止されたため階級章は無く、代わりに平行四辺形の赤色徽章のみ襟に縫い付けられています。





装飾性は徹底して無くされており、各種兵科章もない上に、ボタンに刻印されていた星のデザインすら削除され、のっぺらぼうなボタンとなっています。
階級制度の無い時代の軍服ですが、一応、上衣のポケットが2つのタイプが一般用、4ポケットで隠しボタン式の物が指揮官用というデザイン上の区別がなされていました。







私の所有するこの軍服は夏服にあたり、素材は綿製です。内張りの類はなく、ポケットも露出しています。
冬服は中綿が詰めてあるらしいです。
色は緑の強めなカーキ色と言った所で、ぱっと見では日本陸軍の九八式軍衣に、色味・質感ともよく似ています。
(ちなみに一時期、中田商店等経由で大量に流通していた濃緑色の軍服は78式軍服といって、65式軍服の素材を化繊に変更した改良版です)





裏面のスタンプによると、1967年製造品のようです。
この軍服は中田商店で売り出された物を運よく購入できたのですが、綿製の65式軍服はなかなか入手が難しく、更に共生地の65式解放帽(いわゆる人民帽)にいたっては、流通しているところを見たことがありません。







ズボンはストレートタイプの極めて簡素なデザインです。





前合わせはボタン式です。ポケット付近の内張りは白布が使われています。





ズボンも、スタンプにより1967年製造品とわかります。





65式軍服と78式軍服を比較してみました。
両者は、素材とそれにともなう色調以外はデザイン上ほぼ同型だとわかります。





軍服に合わせたヘッドギアは中国人民解放軍初の、そして長らく使用され続けている「GK80」型スチールヘルメットです。
画像の物は後期生産型とでも言いましょうか、あご紐の取り付け部分が四箇所ありますが、初期の物は二箇所のみで、単純な板紐式でした。
前面に赤星が吹きつけ塗装されていますが、中越戦争の頃は解放帽と同じ赤星バッジを取り付けた物が多く見られます。





装備ベルトは硬い綿製の物です。
1970年代まではこのタイプの使用例が多く、1980年代に入ってからはビニール製ベルトが一般化したようです。





襟章は規定どおりの縫い付け方で、自分で縫い付けました。
文化大革命以来、1980年代末に階級制度が復活するまで、解放軍には階級が存在しませんでした。
(前線においては、各部隊・各班ごとに、多数決で指揮官を決めていたそうな)
当然、そのような大雑把な方法では近代軍の運用には到底無理があったようで、1979年の中越戦争では、命令不服従や指揮官殺害などの事件も発生したと聞きます。





襟には金属のホックがあります。
階級無き軍隊の時代を象徴する65式軍服では、それまでの八一帽章や階級襟章が廃止され、赤星帽章、単色襟章が用いられました。
解放軍では、この襟章の裏地に着用者の名前や血液型を記入し、認識票の代わりとしていたようです。
装飾品の有効利用ですね。



  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(0)装備:中国軍