2009年03月25日

日本海軍雑嚢 (中田商店・複製品)






十数年前に中田商店で販売していた、日本海軍雑嚢の複製品です。数年前に販売されていた物と、形が異なります。


現在流通している物の方が、資料に見られる海軍雑嚢の形状を正確に再現しているようです。(現行品は金具部分が革ではないです)


どうも、この古い方の複製品は、いわゆる海軍雑嚢っぽくない気がしますが、素材は麻製で海軍規格準拠のようですし、どうもよくわからない製品です。










ただ、代用品という観点から見ると、金具の形状から、陸軍の旧型雑嚢(明治~昭和初期の装備)として流用が効くので、その方面で応用が利きそうな予感…。



  

Posted by らんたろー at 18:00Comments(0)装備:日本軍

2009年03月18日

陸上自衛隊 M3グリースガン・マガジンポーチ








今回紹介するアイテムは、私の所属するサバイバルゲーム・チーム「B.U.G」の戦友“RODAN”氏からお借りした、自衛隊極初期の装備、M3グリースガン用マガジンポーチです。










☆ベルトループは無く、ストラップでたすきがけにする形式。





同時期の他の自衛隊装備と同様、形状は、米軍の物を模倣しており、このマガジンポーチの場合は、朝鮮戦争の頃に米軍が使用していたM3グリースガン用マガジンポーチに酷似しています。ただし、寸法はこちらの方が若干大きいようです。







☆ポーチ内部に間仕切り有り。





ポーチ内部には、大雑把ながら間仕切りがあり、ある程度マガジンの振り分けが考慮されています。この部分の造りも、コピー元の米軍ポーチとほぼ同様のデザインです。







☆スタンプ内容に注目。昭和28年製…自衛隊最初期のアイテム。








☆ポーチ内側に「桜にQ」マーク。




標記から、昭和28年製ということが確認できます。まだ保安隊と呼ばれていた頃に製造された物のようです。また、フタを開くと、内側にもスタンプが押してあります。時期的に、自衛隊の最初期の装備品といえますが、自衛隊装備では御馴染みの「桜にQ」マークが、既に使われていたんですね。







☆謎のD環とストラップ基部。





画像で確認できるように、たすきがけ用ストラップの縫い付けてあるポーチ側面にD型の金属リングが複数ありますが、用途は不明です。何に使うんでしょうね。







☆底面・水抜き穴。





ポーチの底にはハトメで出来た水抜き穴がひとつあります。




このポーチのコーディネートとしては、米軍のM1943フィールドジャケット、M1944フィールドキャップを代用品として、初期の陸上自衛隊を演出するのが吉でしょう。…完全オリジナルの自衛隊野戦服が入手できれば言う事ないのでしょうけど。
RODAN氏の運用に、今から期待しています。(と、プレッシャーをかけてみる…w)




  

Posted by らんたろー at 18:00Comments(0)装備:自衛隊

2009年03月11日

昔はアフガン・ファティーグ、今はアフガンカ ~夏期野戦服~






今回取り上げる装備は、アフガニスタン紛争時代のソ連軍のユニフォームとして特に有名な通称アフガンカです。


私が購入したのはもう随分昔で、その頃は情報が少なく、「M88アフガン・ファティーグ」の名称で販売されていました。今は「アフガンカ」が通りが良いみたいで、そもそも「アフガン・ファティーグ」ではググっても引っかかりませんね。


制式名称は1982年型とか1981年型とか、色々な呼ばれ方をしていて、ロシアにおける正しい呼称がわかりません。…詳しい方のご指導を切に願います m(__)m


四角い貼り付けポケットが、西側風味を感じさせ、それまでのソ連軍服のデザインと比べると、非常に洗練された印象を与える服だと思います。


普及し始めたのは1980年代中頃からのようです。この時期のソ連軍は、このアフガンカのみならず、MiG29やSu27など、戦闘機にもやたらカッコイイデザインの機体が登場した頃ですね。


過去の、“軍服”の意匠を色濃く残した1969年型野戦服や、グリーン・カラーで地平線を埋め尽くすT-55戦車の群れ、「操縦席と大馬力エンジンを金属で囲ってみた」的な直球デザインのMiGシリーズなどの、ある種泥臭いイメージが一新されたこれらの新型装備が続々登場した当時は、今振り返ってみても、ホント「どうしちゃったの?」という感じでした。









☆パナーマ帽と組み合わせるとアフガン風味が増していい感じ。





同時期の東側の被服では、東ドイツ軍の新型戦闘服も西側風のデザインですね。恐らくアフガンカの影響を受けて開発されたんじゃないかと推測しますが、実際のところどうなんでしょう。


東側の野戦服の特徴として、袖に小ポケットが付いている点が上げられますが、これって、どんな用途があるのか未だにわかりません。どなたかご存知の方はどうぞご教授下さいませ。(煙草用・・・かなぁ)
↑その後、コメント欄にて、「包帯入れ」と教えて頂きました。







☆各ポケットはオーソドックスなボタン式ですが、袖のポケットのみベルクロ式です。








☆ソ連軍の被服は、白の襟カラーを縫い付けるとグッと雰囲気が出ますね。








☆内ポケットが2つある他は、特別な内張りもなく、いたってシンプル。





内装はかなりシンプルですが、腰を絞る為の紐が付いていたり、ズボン側には長靴にズボンの裾を収納しやすくするループなど、ソ連軍視点で実用的な造りがなされており、米軍装備にはない魅力だと思います。
これらの機能は、基本的に旧装備である1969年型からの伝統のようです。




今回写真撮影用に久しぶりに着こんで見ましたが、元々細身なサイズの為、ズボンのボタンが閉まらない!
10代の頃は履けてたのになぁ・・・orz

  

Posted by らんたろー at 18:00Comments(5)装備:ソビエト・ロシア軍

2009年03月04日

靖国神社の片道切符 ~ 日本陸軍認識票 (中田商店・複製品)





この認識票は、二年程前に購入した物です。
当時、神奈川に住んでいた私は休日には上野~秋葉原を徘徊しており、中田商店で受注生産の受け付けに逸早く遭遇できた次第。モチロン、即決注文しましたとも!
部隊は、地元宮崎県にちなんで歩兵第二十三連隊とし、適当な番号を振って製作して貰いました。






☆輝く真鍮製。




刻印内容は、統一した仕様は無かったみたいで、時期や部隊によってまちまちです。
刻印方法は、打刻ではなく彫刻です。
ご覧の通り、刻印されているのは、せいぜい部隊名と番号程度で、非常に情報量が少なく、連隊の保管記録が無ければ本人確認はまず無理そうです。
また、米軍やドイツ軍の認識票では同じ物を二枚持たせたり、二つに分割できる造りにして、戦死時の認識票の管理を円滑にしてありますが、日本陸軍ではそのような配慮は一切見られません。






☆最近だらしねぇな?(腹の辺りが…orz)




認識票の着装の仕方は、ネックレス式に首からぶら下げるおなじみの米軍式と違い、右肩から左脇下にかけてたすき掛けにするのが特徴です。
恐らく爆風などで身体から紛失するのを防ぐ為の配慮でしょう。






☆基本は小判型ですが、型違いもあるようです。




日本陸軍の認識票の歴史は意外と古く、日露戦争当時には既に支給されており、デザインも殆ど変わっていません。
材質は真鍮製ですが、中には竹製の物もあり、その存在を知った時は、本当に認識する気あるのか?という疑問が沸いてきたものです。(腐るか燃えるかするだろ常考…)
さすがに認識票の素材までケチる事は考え難いので、補給が途絶した現地部隊で自作した物ではないかと思います。というか思いたい…orz

で、せっかく購入しておいて何ですが、最近は日本軍コスをする機会が無く、肝心の出番がありません。ま、身につけた所で他人には判らない為、本人の自己満足に尽きるわけですが・・・。
とはいえ、売っている間に購入しておいたのは正解でした。偉いぞ、過去の俺!(w



  

Posted by らんたろー at 18:00Comments(2)装備:日本軍