2017年11月18日

ヨーロッパ戦線に於ける米軍装備 ~ アメリカ陸軍 M1941フィールドジャケット&M1936装備 (第二次世界大戦時)







第二次世界大戦・ヨーロッパ戦線の一般的なアメリカ陸軍歩兵装備です。
ウールシャツ&パンツにM1941フィールドジャケットの組み合わせは、大戦全期間を通して用いられました。






背中にはM1923ハバーサックを背負っています。
この装備はサスペンダーの役割も兼ねており、他にサスペンダーを支給されなかった一般歩兵は空のハバーサックでもサスペンダー代わりに背負っている様子が記録映像でもしばしば見られます。






M1ガーランド自動小銃・立射姿勢です。
アメリカ軍は第二次世界大戦に参戦した各国の中で唯一、全軍に自動小銃を普及させており、歩兵一人当たりの火力は強力でした。





背中から見ると、ハバーサックに装備したTボーン・ショベルが目立ちます。
見ての通り柄が突出しており、座る際にはかなり邪魔ですが、ドイツ軍やソ連軍のような腰に下げるタイプのショベルに比べると身体に負担なく、楽に携行できます。






M1ガーランド自動小銃・膝射姿勢です。
膝下に巻いているのはM1938レギンスです。
サイズは「3R」ですが、私には若干大きい為、きっちり閉めこんだ状態にはなっていません。(本来はふくらはぎを軽く圧迫する程度のテンションでないと、装着する意味があまり無いです)
スリングベルトは大戦初期には既に後に主流となるコットン製の物が存在しましたが、実際の使用例は革製の物が殆どです。






M1ガーランド自動小銃・伏射姿勢です。
突出部の少ないフルサイズ・ウッドストックの為、伏射もし易いです。






サイトはピープサイトタイプで、精密射撃向きで使いやすいです。
ハバーサックに取り付けたM1905銃剣は大戦中期以降に一般化した短いタイプで、ハバーサック開発時に想定された保持ループから抜ける事も多く、それを嫌ってカートリッジベルトのほうに吊り下げる兵士も多かったようです。






マーク2手榴弾を投擲準備する兵士です。
アメリカ軍では第二次世界大戦を通してマーク2手榴弾が使用されました。(他にも白燐弾等も使用されました)
マーク2手榴弾はその外見からパイナップル型とも呼ばれ、手榴弾の定番イメージともなっている程、良く知られている物です。






手榴弾の投擲姿勢です。
ポージングはタミヤ模型のアメリカ陸軍兵士セットの箱絵を真似てみました。
手にしている手榴弾はサンプロジェクト製のレプリカ品です。
素材はプラ製で成型色のODカラーのままですが、手榴弾上部を黄色く塗ると、よりリアルになります。






M1ガーランド自動小銃を装備した歩兵の装備一式です。
完全軍装の場合、これらに加えてロールした毛布やコートをハバーサックに縛着し、脇にガスマスクバッグを携行しますが、機械化の進んだ米軍では必要最小限の装備のみ身につけることが多かったようです。






装備各種はダブルフックワイヤーで吊り下げられています。
ベルトループ式に比べて装備品の装着・取り外しが容易な一方、動いた際に重量のある装備品がぐらついたり、ゆれまくるのが難点です。






こちらはトンプソンM1A1短機関銃を装備した兵士です。






ハバーサックは背負わず、必要最小限の装備のみ身につけています。
左腰にはトンプソンSMG・30連マガジンバッグをたすきがけしています。






トンプソンSMGの腰だめ射撃姿勢です。
ポージングは例によってタミヤ模型の箱絵を真似ています。
腰だめ射撃はサバイバルゲームだとまず当たりませんが、実銃の場合は着弾状況を見ながらコントロールできる為、結構実用的なのだそうです。






腰に下げたマガジンバッグはアメリカ陸軍で使用された物で、良く知られる30連マガジンを3本収納できるタイプのマガジンポーチはもっぱら海兵隊で用いられたそうです。






マガジンバッグには30連マガジンを5本収納出来ます。
マガジンを使わない場合でも、ダンプポーチ代わりに使えたり、なかなか便利なアイテムです。






トンプソンSMG向け装備一式です。
ピストルベルトをメインに、各種装備を連結、サイドアームにコルトM1911A1拳銃を携行しています。






装備一式を裏から見た所です。
M1936ピストルベルトにはハンドガン用マガジンポーチを固定するドットボタンが1箇所設けられています。
ここには他にも、M1カービン用マガジンポーチも取り付けられます。




  

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2017年11月11日

アメリカ陸軍 M1941フィールドジャケット (セスラー・複製品)







第二次世界大戦時、ヨーロッパ戦線で使用された「M1941フィールドジャケット」です。
アメリカ陸軍の主要装備である他、アメリカ海兵隊でも気温の低い時には着用されていました。(硫黄島、沖縄etc.)






画像の物はセスラー社製レプリカ品です。
正式名称は単に「ODフィールドジャケット」ですが、他の装備品との識別の為、便宜上「M1941フィールドジャケット」と通称されています。






フィールドジャケットは冬季向け防寒装備でもあり、裏側には薄手のウール地が貼られています。






近くで見るとスエード状の素材感がわかるかと思います。






前合わせはジッパーとボタン留めの二重構造で保温効果を高めてあります。






袖口はタブとボタンで留める構造です。






目一杯サイズを詰めた状態です。
保温効果は高まりますが、窮屈な為か袖口は広げたままで着用されている場合が殆どです。






襟は通常は開襟状態で着用しますが、寒い時には第1ボタンまで閉じて折襟状態に出来ます。






更に襟を立てる事で防寒能力を向上できます。






襟の裏にはボタンとタブが付いており、より遮風効果を高める事が出来ます。






肩にはエポーレットが設けられています。






ウエストにはサイズ調節タブがあります。






画像は中間でボタン留めした状態です。






サイズ調節は3段階あり、目一杯絞るとここまで詰める事が出来ます。







基本的な着用状況です。
実戦では素材のコットンが薄手で擦り切れやすかったり、内側のウールが縮む為動きやすさが阻害されたりと、決して使いやすい物ではなかったようですが、新型のM1943フィールドジャケットが全軍に行き渡らなかった為、大戦全期間を通して米兵の基本ユニフォームであり続けました。







第1ボタンまで閉じて防寒効果を高めた状態です。
冬季にはウール製コートを着用する為、あまり防寒性能は重要視されていない印象です。







立ち襟状態にした防寒対策状態です。
この状態でも冬季には寒さを感じます。
元々が民間のウインドブレーカーを参考に作られた事もあってか、デザイン上の利便性に不満が出た他、布地の色味が迷彩効果が低いとの戦訓から、新型のM1943フィールドジャケットの開発を促す結果となりました。







インナーはODウールシャツ&マスタードパンツです。
ODとは言いつつ、実際はほぼカーキ色もしくは茶色で、戦後のグリーン系ODカラーとはだいぶ印象が異なります。
第二次世界大戦当時のアメリカ兵は、カーキ色のイメージが強いですね。




  

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2017年11月04日

欧州戦線の基本装備 ~ アメリカ陸軍 ODフランネルシャツ&サージウールトラウザーズ (セスラー製・複製品)







第二次世界大戦当時のアメリカ陸軍の標準的な戦闘服「ODフランネルシャツ」です。
画像の物はミリタリーショップ「中田商店」で購入した、セスラー社製レプリカ品です。






このウール製シャツとトラウザーズの上下は、第二次世界大戦初期~末期に至るまで、アメリカ陸軍の基本装備として着用されました。






布地は薄手のウール製で、通常は上からフィールドジャケットを着用しますが、それ程寒くない時などは、ウールシャツ上下のみで戦闘する事も多かったようです。






襟は第1ボタンで折襟状態にして、ネクタイを締めることで制服としても着用されました。






戦闘服としては基本的に開襟状態で着用されていたようです。






背中側の裁断もシャツらしいつくりです。






胸ポケットはプリーツの無いシンプルな物です。






袖口はボタン留めです。






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シャツの裏にはタグが付いており、サイズ表記と製造国がわかります。
セスラー製品はほぼ中国製ですが、縫製はしっかりしています。






「サージウールトラウザーズ」です。
こちらもセスラー社製レプリカ品です。






このズボンは生地の色味から、通称「マスタードパンツ」とも呼ばれていた物です。






布地はシャツに比べると厚めに出来ていますが、それでも朝鮮戦争の頃のODズボンと比べると薄手です。






トラウザーズのデザインはシンプルで、いわゆるチノパンツスタイルです。






トラウザーズにはベルトループが設けてあります。






画像では第二次世界大戦当時のカーキ色のオープンフェイスバックル・トラウザーズベルトを装着しています。






トラウザーズ両側面にはスリット式ポケットがあります。
また、ベルトループ直下には小さいポケットがあり、懐中時計が収納出来ます。






広げてみると小さいながらも収納スペースが確認出来ます。






尻ポケットは2箇所、スリットタイプです。
このレプリカ品では官給品を再現してありますが、使いやすくする為に蓋を追加する兵士も多く、後期生産型でははじめから蓋付きで製造されたらしいです。






トラウザーズの前合わせは小さいボタンで留めるタイプです。






内張りは白色綿製です。






着装時の状態です。
薄手のウールシャツを厚手のウールパンツの組み合わせは秋冬の気候には丁度良い着心地です。
合わせて被っているウールニットキャップ(ジープキャップ)も、精巧複製品だと非常に被り心地が良いので重宝しています。






宮崎では12月上旬でも日中は暑く、フィールドジャケットを着ると汗だくになる事もあり、そんな時は1日中、ウールシャツ&トラウザースにM1936装備とM1938レギンスを組み合わせてゲームしています。






ウールシャツの下着には、第二次世界大戦当時のアメリカ陸軍で使用された、ODタンクトップを、現行生産品で再現しています。
ドッグタグはボールチェーンでなく、復刻品のチェーンを使っています。
一味異なる着用感が素敵です。(ま、外見からは全く見えないわけですが…w)




  

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2017年10月28日

太平洋戦線に於ける米軍装備 ~ アメリカ陸軍 HBT作業服&M1936装備 (第二次世界大戦時)






第二次世界大戦時、南太平洋戦線におけるアメリカ陸軍歩兵装備です。
リードグリーンのM1943HBTユーティリティジャケットに、カーキ色のM1936装備を組み合わせています。
ヘルメットは1942年に採用されたM1ヘルメットを被っていますが、太平洋戦線では擬装網の類はあまり使われなかったようです。





南方戦線の過酷な環境に対処する為、装備品は可能な限り軽装で済ませています。
一方、M1ガーランドは自動小銃と言うこともあり弾薬の消耗が激しい為、カートリッジベルトに加えてバンダリアをたすきがけにして予備弾薬の携行に努めています。





南太平洋戦線というと、上陸作戦の記録映像やアメリカ製戦争映画の影響でもっぱら海兵隊が戦っていたイメージですが、実際の戦力比では海兵隊が6個師団を投入したのに対し、陸軍は23個師団もの戦力を投入しており、南太平洋戦線においてもアメリカ陸軍が主力であった事が伺えます。





腰に吊っているのはM1905E1バヨネットで、M1905バヨネットのブレードを短く切断加工したものです。
第二次世界大戦も中盤頃には銃剣は順次、短い物に更新されていきましたが、太平洋戦線では日本軍との白兵戦に備えて、あえてブレードの長い旧型銃剣を使い続ける兵士もいたようです。





M1ガーランド用装備一式です。
南方戦線では基本的にハバーサックは背負わずに軽装備で戦う事が多かったようです。
装備品はカーキ色ですが、1943年を境に濃緑色の装備品が支給され始めます。
もっとも、呼称はどちらもOD(オリーブドラブ)みたいですけどね。





装備を裏から見たところです。
M1936装備はダブルフックワイヤーで鳩目に吊るす方式の為、馴れれば取り付け易い反面、装備品の取り付けられる位置が限られるので、着こなし具合の微調整がしづらいのが難点です。





トンプソンM1A1短機関銃を装備した陸軍兵士です。
アメリカ陸軍の歩兵部隊の編成上では、実は短機関銃の装備は無かったりしますが、様々な理由・手段で短機関銃は実際に戦場に投入され、活躍しています。





背面にはジャングルファーストエイドポーチを通常のファーストエイドポーチと共に装備しています。
このポーチは1943年頃から普及しはじめ、間もなく海兵隊でも後追いで採用された装備品です。
腰にはマガジンバッグをストラップでたすきがけしています。





アメリカ陸軍では、海兵隊と比べると地上戦闘の機会が多い為、ヨーロッパ戦線のようにレギンスをしっかり装着しています。





トンプソン・サブマシンガンは腰だめ射撃のポーズが様になります。
実際、電動ガンでも弾道を見ながら照準調整できるので、案外効果的な射撃方法だったりします。





トンプソン・サブマシンガン用装備一式です。
良く知られるトンプソン30連マガジン用の3連ポーチは海兵隊での使用例が大半で、陸軍での使用例は少ないようです。(海兵隊専用装備という説もあり)
陸軍ではストラップでたすき掛けする、マガジンバッグが多用されました。





護身用にコルトM1911A1を携行しているため、ピストルベルトにはホルスター、ハンドガンマガジンポーチも追加装備しており、かなりの重量になります。
陸軍ではハバーサックをサスペンダーとして運用していた為、一般に歩兵部隊ではサスペンダーは支給されておらず、ピストルベルトだけで重量物を携行するのは結構疲れます。





M3A1グリースガンを装備した陸軍兵士です。
戦闘は掃討戦に移行した頃で、ヘルメットも被らず、ユーティリティキャップのみで戦っています。





サスペンダー無しでピストルベルトを腰に締めると、装備品の重量でずり落ちてきてしまいます。





M3グリースガンには専用のマガジンポーチが支給されませんでしたが、トンプソン用マガジンバッグにはスペースに余裕があり、グリースガンのマガジンも収納できます。





M3A1グリースガンは発射速度が毎分450発程度と意図的に遅くしてあり、弾道を見ながら照準をコントロールすることもたやすく、使いやすかったと聞きます。
毎分450発の発射速度は、キツツキのあだ名で呼ばれた日本陸軍の九二式重機関銃とほぼ同等です。
ただしこれは実銃の話、トイガンでは毎分800発のサイクルで弾をばら撒きます。



  

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2017年10月21日

アメリカ陸軍 M1943 HBT作業服・初期型 (複製品)







アメリカ陸軍の「M1943 HBT(ヘリンボンツイル)作業服」です。
画像の物はアメリカ製の精巧複製品です。
この複製品はセージグリーンの厚手の生地で作られており、大戦当時の米軍衣料の雰囲気を良く再現していると思います。






M1943という呼称は、コレクター間で便宜上つけられた名称のようです。
画像の作業服は、M1943の中でも初期型を再現した物で、後期型に比べるとズボンのポケットに縦方向の折り目が入っていない等の違いがあります。






襟は開襟でも折襟でも着用できます。
画像は開襟状態です。
このHBT作業服は他に適当な被服が無いという理由で、主に太平洋戦線で使用されたため、開襟状態での着用が一般的だったと思います。






第1ボタンまで留めると画像のような状態になります。
車両整備や各種作業時に汚れない為、また肌寒い時や風の強い時に防寒目的で、折襟状態で着用されたようです。






HBT作業服に使われているボタンは、陸軍独自デザインの物です。
このボタンにも、画像の赤銅色の物や、黒塗装された物など、製造時期によってバリエーションがあります。






胸ポケットは四角い縦長の形状です。






ポケットには側面にプリーツが設けてあり、容量を確保してあります。
単純な貼り付けポケットだった海兵隊の作業服と比べるとかなり機能的な造りといえます。






袖口にはボタンがあり、ボタンホールでサイズ調整できるよう作られています。






ボタンホールは服の内側まで貫通しておらず、ちょうど袋の中にボタンを詰める要領で留めます。






ボタンを留めると画像のような状態になります。
はっきり言って、かなり使い難いです。






実際の戦場では筒袖のままか、暑い場所では袖をまくって使っていたようで、後に登場する「OG107ユーティリティ」では筒袖はそのままに、ボタン等の調節機能はなくなりました。
誰も使ってないので不要と判断されたのでしょう。






襟の裏側にはボタンが2箇所もうけてあります。(用途については知識不足で、いまだ不明です)






この複製品では、被服正面にガスフラップが再現されています。






ガスフラップは被服内側のボタンで留め、前合わせとの二重構造でガスの侵入、肌への接触を防ぎます。






襟元のガスフラップの状態がわかるでしょうか。
実際の戦場ではガス戦が行われなかった事、着用時にガスフラップが邪魔に思われた事から、兵士が切り取ってしまう事例が多々見られます。
また、はじめからガスフラップの付いていないモデルも存在します。






M1943HBT作業ズボンです。
作業用ということもあり、直線的な裁断でゆったりした造りをしています。






左右の腰にある大型のカーゴポケットの他にはポケット類はありません。






カーゴポケットはズボンベルトの直下、かなり高い位置にあり、手を突っ込めるスリットポケットはもとより付いていません。






このポケットは大型で、手の位置に近いので物の出し入れにも便利です。
初期型ではこのように1枚布でしたが、後期型では更に容量を増す為にポケット中央にプリーツを設けてありました。






ズボンの裾は単純な筒状で、絞り紐等は付いていません。
作業服らしい、シンプルな造りです。






ウエスト周りです。
腰のポケットの大きさが際立っています。






陸軍トラウザースベルトを装着したところです。
セージグリーンに濃いカーキ色が映えて、なかなかに格好いい見栄えだと思います。






ズボンの前合わせ部分の内側にも、ガスフラップが付いています。






こちらは布の端を1箇所留めるだけなので、作業服よりは扱いやすいです。






ウエスト周りを背面から見ると、大型のカーゴポケットの為か、スリットポケットの類は一切付いていません。






以前購入した、後期型レプリカと比較してみました。
後期型を再現したモデルのほうは、生地の色が濃く、海兵隊の物に近い印象です。
また、生地自体も比較的薄手で、夏に着用するには丁度良いアイテムです。
一方、今回購入した初期型は全体的な造りが精巧で、より軍用実物に近い印象です。






着装状態・正面。
作業服なので、ゆとりのある造りで、各国軍服と比べ、肩周りなどが動かし易いです。






着装状態・背面。
裁断が直線的なので、パリッと着こなすのは難しいですね。




  

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2017年10月14日

アメリカ陸軍 M1943 HBT作業服・後期型 (複製品)







アメリカ陸軍のM43HBT作業服です。
本品は海外製の精巧複製品です。






M43の名称が示すとおり、1943年ごろから普及しだした作業服で、それ以前のM42型に比べてデザインの省略、機能面の改良がなされています。






この複製品はそんなM43HBT作業服の中でも後期型に当たる型式を再現した物になります。
ボタンは独特のスターボタンがつかわれており、陸軍衣料の特徴ともなっています。






内側にボタンが来る、ちょっと独特なボタン留め方式です。






トラウザーズには大き目のカーゴポケットが付いています。
その他はシンプルなストレートズボン形式です。






前あわせはジッパーではなく、ボタン留め式です。







ズボンの腰まわりは、ベルトループがるほかは、カーゴポケットのみが目立つ、シンプルなデザインです。






ズボンの裾は単純な断ち切りで、ボタンや紐でしぼる機能はありません。






ズボンのカーゴポケットの位置は高めで、その代わりその他の物入れはありません。
この辺りのデザインは、陸上自衛隊のOD作業服のデザインに影響を与えてそうです。







初期型ではアコーディオン式のポケットで容量の確保を考慮していましたが、後期型では更にポケット中央にプリーツが追加され、更なる容量増加が図られているのが特徴です。







背中側には肩部分にプリーツが設けられ、全体にゆったりした着心地になるよう改良されています。
ただ、結果として格好良い着こなしは難しく、全体にだらしない印象になってしまいました。






襟周りの様子です。
HBT生地は茶色味がかかったODで、初期型に良く見られる明るい緑色とはだいぶ印象が異なります。






襟は第1ボタンまで閉じる事が出来ます。
サイズ表記タグはMとなっていますが、USサイズと言う事もあり、私には若干大き過ぎたようです。






M43HBT作業服の着装状態・正面です。
ジャケットのつくりがゆったりしているのがわかると思います。






M43HBT作業服の着装状態・背面です。
肩のプリーツから末広がりにサイズが大きく、動きやすい一方、スマートな着こなしは無理そうです。






太平洋戦線のアメリカ陸軍兵士の装備例です。
トンプソンSMGをもって火力の増強を図っています。






太平洋の島嶼の戦いでは海兵隊が真っ先に思い浮かびますが、展開した部隊の規模から言えば主力は陸軍でした。
特にフィリピンの戦いではアメリカ陸軍の活躍が目立っています。






HBT作業服は、迷彩効果の点でも、既存のカーキ色のチノシャツよりも実戦向きで、戦場では重宝されたようです。






陸軍では部隊編成上、サブマシンガンの装備はなされていなかったようですが、様々な理由で臨機応変に活用されています。






陸軍では海兵隊と違い、ハーネスでたすき掛けするマガジンバッグが多用されました。
マガジンバッグにはトンプソンSMGの30連マガジンが5本収納できます。






いっぽう、こちらはヨーロッパ戦線のアメリカ陸軍兵士の装備例です。
上着はODウールシャツ、ズボンはM43HBTをそのまま、もしくはマスタードカラーのウールズボンの上から二重履きし、M1941フィールドジャケットを羽織っています。






ヨーロッパ戦線でも夏秋季など暑い時期には、HBTジャケットとフィールドジャケットを組み合わせたり、HBTジャケットのみでの着こなしも多かったようです。






武装はトンプソンM1A1で火力の増強を図っています。
手ごろなサイズと適度な重量、高い命中精度で重宝しています。






フィールドジャケットとレギンスの組み合わせがヨーロッパ戦線らしさを感じさせるコーディネイトです。






装着しているM1938レギンスは実物放出品です。
程度は中古でかなり使い込んだ逸品です。






広げてみても、退色・脱色や錆が目立ちます。
その分、安く手に入りました。






ただ、サイズ1Rはかなり小さく、のちにサイズ3Rに買いなおしました。
日本人の平均サイズだと3Rがベターらしいので。
ただ、自分的にはサイズ2Rあたりがジャストサイズのような気がします。






M1936ピストルベルトへの装備装着例です。
M1916ホルスターにはコルトM1911A1を収納しています。
この装備ベルトを腰に巻いた上で、たすきがけ式のトンプソン用マガジンバッグを装備します。






トンプソンM1AとネットつきのM1ヘルメットです。
東京マルイ製トンプソンの実射性能は優秀で、サバイバルゲームでは火力面でも現用装備に引けはとりません。




  

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2017年10月07日

サイズが合わなかったので… ~ アメリカ陸軍 ジャングルファティーグ・M-Sサイズ (実物放出品)







以前紹介したジャングルファティーグですが、サイズがM-Rと言う事で、ジャケットが縦方向に長すぎてハーフコートを着ているみたいで自分的に満足できなかったため、改めてサイズM-Sのジャケットを入手しました。






以前の物は実物デッドストック品でしたが、今回はサイズ優先で中古極上品を入手しました。
実際に軍で使用されていたもののため、ネームテープやARMYタグが縫い付けられたままだったり、部隊章を剥がした跡が残っていたりと古着ならではの面白みがありました。






非戦闘時の普段着という設定で、ユーティリティキャップ(通称ベースボールキャップ)を組み合わせてみました。






ジャケットは古着だけに、肩にパッチの剥がし跡や小さいほつれ穴があり、それらを覆い隠す意図もあってサイズの大きい「第1騎兵師団」パッチを縫い付けました。
よく流通している現用ナイロン製ではなく、ベトナム戦争当時のローカルメイド品を再現したコットン製複製品です。
階級章は1968年ごろから普及しだした黒染め金属製の物。
両襟の端に、ピンバッジの要領で取り付けます。






こちらは外出時の米兵の雰囲気で、ブーニーハットに袖まくりです。
この頃はまだBDUの着こなしのような「ロールアップ」の作法は無かったようで、単純に袖をまくり上げただけの状態です。






被服に組み合わせる装備品はM1956装備一式です。
私のウエストに合わせて多少緩めに調節したピストルベルトの長さでも、キャンティーンに面積を取られてしまい、M7バヨネットを吊るのがやっとでした。
なので、サイドアームはなしです。






M1956装備は基本多めに盛り付けています。
普段は使わないダミーグレネードやL型フラッシュライトも装備し、バンダリアとクレイモアバッグでボリューム感を出してみました。






M61フィールドパックには折りたたんだポンチョを括りつけています。
ポンチョはベトナム戦争装備には良いアクセントになりますね。






ウエスト周りが装備品でもっさりするのがベトナム戦争当時の米兵らしさを醸し出すポイントかなと思います。
ヘルメット擬装バンドにはさんだモスキートジュース瓶は、もちろん白色ポリ製です。






私がベトナム戦争映画全盛期にミリタリー趣味にどっぷり浸かった事もあり、NAM戦装備は着装した時になんともいえない安心感があります。






武装は勿論M16A1で。
フラッシュハイダーはバードゲージタイプで、1968年以降の装備考証です。






いまや絶版品の東京マルイ製M16A1電動ガンですが、昨今の新商品の数々に比べてとにかく軽くて運用が楽です。
銃本体の軽さのおかげで、ウィークポイントの首周りの負担もあまり気にせず取り回しできます。
ただし、もう10年以上前の設計なので、実射性能はそれなりで、遠距離では弾道が散り気味だし、初速も低めで次世代電動ガンのようにブッシュを抜く事もできません。
それでもなんとなく私のお気に入りな、M16A1です。




  

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2017年09月30日

アメリカ陸軍 M1956 H型サスペンダー (実物放出品)







アメリカ陸軍の「M1956サスペンダー」です。
画像の物は実物中古放出品です。






このサスペンダーは従来のX型サスペンダーにかわって採用された物で、装備時の安定性やクッション性、サイズ調整の容易さが格段に向上しています。






従来のサスペンダーでは幅広の板状の布だった肩当にはパイル地が内蔵されており、フィット感とクッション性が考慮されています。






サスペンダーのストラップはH型で、背中側二箇所のストラップを使い、装備品を装着した際にも安定した重量配分がなされます。






身体前方のストラップ金具です。
フック状の金具をピストルベルトの鳩目に引っ掛ける方式です。
フック金具には装着し易いよう、手で持つ為のつまみがついています。






H型サスペンダーをピストルベルトに装着した状態です。
M1956装備はスライドキーパーを使い、この状態から順次、必要な装備品を追加装着する事が出来ます。
旧型にあたるM1936装備と比較して、実に良く出来た装備だと思います。




  

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2017年09月23日

NAM戦タイプは一味違う?~ アメリカ陸軍 L型フラッシュライト・旧型 (実物放出品)








アメリカ軍のフラッシュライトです。
L型ライトは現在も使用されていますが、このライトはベトナム戦争当時に使われていた、スイッチガードの無いタイプです。
画像の物は米軍の物だったか、同型の外国製だったか失念してしまいました。(ベトナム戦争当時の実物ではなかった気がします)









L型ライトはのちにスイッチガードが追加されましたが、基本形状は殆ど変わりありません。






画像はスイッチOFFの状態です。






画像はスイッチを中央に位置した状態です。
この状態で丸いボタンを押すと押している間だけ点灯します。
この機能で点滅をして、シグナルを送ったりします。






画像はスイッチONの状態です。






L型ライト底部には引き出し式のワイヤーハンドルがあります。






底部は二重構造になっており、一番上のカバーを外すとライトに被せるカラーフィルターが内蔵されています。






本品ではなぜか赤色が2枚と青色が1枚、そして白色のフィルターが内蔵されています。






カバー全体を外すと、電池の収納・取出しが出来ます。







底部カバー内側をばらすと、中に予備の電球が入っています。






L型ライト内部です。
極めてシンプルな構造です。






電球部分の一番上のカバーを外すと、フィルターを交換できます。






電球周辺は銀色に塗装されています。
点灯してもあまり明るくはありませんが、足元を照らすには充分な光量なので、夜戦時には重宝しています。






電球部分を外した状態です。
この状態で電球を引っ張り出す事が出来ます。






電球の交換も簡単に出来ます。






標準で付いている電球はあまり明るくないので、クリプトン電球に換えると多少はマシになります。






電球の接触部分も銅版のみの単純な構造です。
シンプルな分、頑丈で壊れ難いのが強みですね。






M1956H型サスペンダーに装着した状態です。
L型ライトは、現用品は安価で簡単に入手可能ですが、スイッチガード無しタイプは探すのに苦労した覚えがあります。
ベトナム戦争装備コレクターなら、見つけたら即、確保しておいた方が良いですね。




  

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2017年09月16日

アメリカ陸軍 M1956 キャンティーン&カバー・初期型 (実物放出品)







アメリカ陸軍のキャンティーン(水筒)です。
画像の物はベトナム戦争初期に使用例の多い、M1956キャンティーンカバーとアルミ/ステンレス製キャンティーンの組み合わせになります。






M1956キャンティーン・カバーは、従来のキャンティーン・カバーを改良した物で、基本構造は同じながら、弾帯への装着方法をスライドキーパー式に改め、フラップのボタンもドットボタンに変更されています。






当初はアメリカ陸軍にて採用、その後アメリカ海兵隊でも後を追うように採用しています。






画像の物はM1956キャンティーン・カバーの中でも初期型とされるもので、フラップの外縁部分がコットン製です。
後期型では、この部分がナイロン製に変更されています。






装着方法がダブルフックワイヤーからスライドキーパーに改められた事で、激しく動いた際に水筒がぶらぶら揺れることがなくなり、使い勝手が向上しました。






フラップの固定はドットボタン式となりましたが、この部分は特に優劣の差は感じられません。






キャンティーン・カバー内側には、従来のM1910キャンティーン以来のパイル地が貼り付けてあります。





収納しているキャンティーンはアルミ製のものです。
ベトナム戦争でも1965年の派兵当時はこの金属製水筒が主流でしたが、徐々にプラスチック製キャンティーンに更新されていきました。






なお、私はアメリカ軍の物と同型の陸上自衛隊・旧型水筒を流用しています。
刻印を見れば丸分かりですね。






キャンティーンに付属するカップはアメリカ陸軍の実物中古品です。
このカップにもバリエーションがありますが、本品はフチの部分が丸められたタイプになります。






形状は第二次世界大戦以来の、バーハンドルタイプです。






中古品ということもあり、かなり使用感のある外観です。






使用時にはバーハンドルを画像のように展開し、可動式の爪で固定します。






独特のL字型の持ち手が特徴ですが、1980年代に採用されたALICE装備では、ワイヤーハンドル式に改められました。






カップの外縁は第二次世界大戦時によくみられた、丸くプレス成型された物です。
このフチの部分の隙間に唾液や水などが溜まり、衛生的でないとして、のちにプレス成型を廃止したモデルが造られるようになったと聞いた事があります。




  

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2017年09月09日

アメリカ陸軍 M1956 キャンティーン&カバー・後期型 (実物放出品)







アメリカ陸軍のM1956キャンティーン・カバー&キャンティーンです。
画像の物は実物中古放出品です。






M1956キャンティーン・カバーはプラスチック製キャンティーンと共に、主にベトナム戦争で使用されました。






M1956キャンティーン・カバーは製造時期によりバリエーションがあり、こちらは蓋の縁取りがナイロン製なので後期型に当たります。






当初はコットン製だった縁取りをナイロンに変更したのは、濡れた際に乾きやすくする為と思われます。






M1956装備なので、スライドキーパーが取り付けられています。






キャンティーン・カバーの中身はプラスチック製キャンティーンです。






キャンティーン・カバーの底部はフラットなコットン製で、水抜き穴などはありません。






M1956キャンティーンをピストルベルトに装着したところです。






装備方法がスライドキーパー式になった事で、ダブルフックワイヤーの頃にあったキャンティーのぶらつきが無くなり、装着感が向上しています。






キャンティーン・カバーの蓋はドットボタンで開け閉めできます。






キャンティーン・カバーの内側にはパイル地が縫い付けられています。






内側のパイル地はM1910キャンティーン以来の伝統で、のちに採用されるALICE装備のナイロン製キャンティーン・カバーにも受け継がれています。






M1956キャンティーンの中身一式です。
キャンティーン本体に被せる形で、金属製のキャンティーン・カップが付属します。






キャンティーンとキャンティーン・カップの組み合わせも第二次世界大戦以来のもので、カップの形状もほぼ更新されていません。






キャンティーンはプラ製になりましたが、飲料水を温めるため、カップは金属製のままです。






M1956装備採用当初は第二次世界大戦以来のアルミ製やステンレス製の水筒が使われていましたが、1962年にプラスチック製の1クォート・キャンティーンが採用されました。






このプラスチック水筒は、ベトナム戦争当時に製造されたものは素材に鉛が含有されているそうで、実用はしない方が良いと聞いたことがあります。






また、現在では複製品が製造・流通しているとの事ですが、外見や質感が非常に精巧で、実物との区別が難しいようです。






私は同キャンティーンを複数所有していますが、いずれも1969年製の刻印があり、実物か複製品か判断が付きません。






キャンティーンキャップは軟質樹脂製のリングで脱落防止処理されています。
かつては金属製の鎖が使われていましたが、それと比べると素材の質感もあって、ちょっと安い印象です。






飲み口の部分はアルミ製水筒と比べて突出した形状なのが印象的です。
キャップにはコルクやゴム栓のような水密構造はなく、キャンティーン自体の柔軟性で水漏れを防ぐ造りです。






こちらはキャンティーン・カップです。






キャンティーン・カップにはいくつかのバリエーションがありますが、こちらはフチの部分が平らにプレスされたタイプです。






実物中古品ですが、使用感はあまりなく充分実用可能です。






形状は第二次世界大戦以来のバーハンドルタイプです。






カップ本体とバーハンドルとは素材が異なるようで、ハンドル部分はザラツキのある質感です。






このL型の握り部分は、地面に置いた際にひっくり返りにくい、安定性の高い形状なのが好印象です。(例えばドイツ軍の水筒カップは、ちょっと手が当たると倒れてしまい、中身をこぼす事もしばしばです)






ただ、ワイヤーハンドルタイプと比べると、形状が単なる板なので、飲み物で重くなった状態だと、手が痛くなってきます。






カップのふちの部分は、この平らにプレスされたものの他に、丸く折りこみ成型されたものが良く見られます。






M1956キャンティーン・カバーの初期型と後期型を比較してみました。
カバーの蓋の縁取りの部分が、初期型ではコットン製ですが、後期型ではナイロン製に変更されました。






並べてみると、コットン製とナイロン製の質感の違いが良く分ります。




  

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2017年09月02日

アメリカ陸軍 ジャングルファティーグ&M1956装備 (ベトナム戦争時)







アメリカ陸軍および海兵隊がベトナム戦争で使用した、「ジャングルファティーグ」です。
本品はジャケットがデッドストック実物新品、トラウザースがセスラー社の複製品です。






トロピカルコンバットユニフォーム、通称ジャングルファティーグは製造時期により大別して4種類に分けられますが、4thタイプ、最後期の物です。
このタイプは1968年頃から製造された物で、ベトナム戦争後半期に用いられた、最も普及したタイプと言えます。
現在製造されている複製品や当時のデッドストック品も殆どがこの4thスタイルです。






ジャケットのボタンはプラスチック製で、全体に丸みを帯びた使いやすい形状です。
極初期型では艶のあるボタンでしたが、間もなくつや消し処理のボタンへと変更されました。






ジャケット背面上部の縫い目付近です。
ジャングルファティーグは上下とも、ゆったりした裁断で防暑性能に配慮してあります。
結果として、戦闘服としても動きやすいデザインであり、のちに採用されるBDU(バトルドレスユニフォーム)におおいに影響を与えました。






袖は2箇所のボタンホールでサイズ調整できます。






一番きつくした状態です。






ジャケットには4箇所にポケットがあり、画像は胸ポケットを開けた状態です。
胸ポケットには蓋の部分にペン挿しがあり、ポケット内部にもペンの通せる縦長の内ポケットが縫い付けられてます。






こちらは腰ポケットです。
こちらも胸ポケット同様に大容量で、機能的にできています。
また、ポケットの底には使用環境を想定してか、水抜き孔が設けられています。






パッチ類は全て別途調達した物を自分で縫い付けました。
ポケットのフチに沿って「U.S.ARMY」タグ、その上部に水平に「歩兵戦功章」があり、袖には上部に「第9歩兵師団章」、下部に「四等特技兵」階級章を縫い付けています。






パッチ類はすべて、ベトナム戦争中期頃から普及しだしたサブデュードタイプです。
初期のフルカラーパッチと比べ目立ちにくく、被服の迷彩効果を高める効果があります。






「U.S.ARMY」タグ、ネームタグは、当初は被服に対して水平に縫い付けられていましたが、1969年通達により、画像のようにポケットのフチにそって、斜めに縫い付けられるよう改められました。







袖にはアメリカ軍の規定どおりの配置で徽章類を縫いつけました。
ベルクロ式の現用品と違い、当時の軍服では徽章類を付け外しする概念はまだありません。






階級章は「四等特技兵」、その上にある師団章は「第9歩兵師団」です。
階級章はベトナム戦争当時の実物デッドストック品です。
師団章は1980年代以降のナイロン製の物を使いましたが、考証的にははコットン製でカットエッジの物が望ましいです。






「U.S.ARMY」テープの上にあるのは「戦闘歩兵章」です。
ネームテープはベトナム戦争後期に良く見られるスタイル、ポケットに沿って斜めに縫い付けています。






ジャングルファティーグ・トラウザース(ズボン)です。
ジャケットに比べトラウザースは消耗が激しかったらしく、程度の良い実物でジャストサイズのものはなかなか見つからず、合っても結構な価格になっています。
私は堅実に精巧複製品で妥協しました。






大容量のカーゴポケットやウエスト調整ベルト、ズボン裾の絞り紐等、のちのBDUに受け継がれる要素が見て取れます。






トラウザースには大型のカーゴポケットが2箇所、フラップ付きの尻ポケットが2箇所あり、実用性に富んだ造りになっています。






カーゴポケットは2箇所のボタンで留めるように出来ています。
各部にマチがとってあり、外見以上に物を収納できるつくりです。






片方のカーゴポケットの中には、更にフラップ付きの小ポケットが内蔵されています。
何を収納する為の物かは、残念ながら知識不足でわかりませんが、凝った造りですね。






ズボンの裾は紐が通してあり、足首周りに合わせて縛る事が出来ます。
ベトナム戦争当時の米兵は、裾をたくし込まず、ブーツの外側でこの紐で縛って着用する事が多かったようです。
実際、そのようにブーツを履いたほうがうっ血を防ぎ、楽に行動できます。






ズボンベルト用ループに加えて、ウエスト微調整用のバックル金具が取り付けてあります。






また、尻ポケットにはフラップがあり、ボタンが1箇所設けられています。
それまでの米軍野戦服のポケット類が貼り付けポケット程度のシンプルな造りだった事を考えると、かなりの進化だと思います。






正面から見ると、前合わせの第1ボタンが確認できます。
側面には手を突っ込めるスリットポケットが2箇所あります。






背面から見ると、フラップ付きの尻ポケットが2箇所、ウエスト調整金具が2箇所確認できます。






前合わせはこれまでの米軍服とは異なり、ジッパー式になっています。
民生品を参考にしたのでしょうか、ボタン式に比べると格段に使いやすいです。
ただし、のちのBDUではボタン式に戻ってしまったところを見ると、耐久性に問題があったのかもしれません。






アメリカ陸軍のズボン用ベルトは第二次世界大戦以来のオープンフェイスバックルベルトです。
1960年代の物はバックルが黒塗装で、ベルト本体も黒色コットン製になっています。






ジャングルファティーグを実際に着用してみました。
ジャケットのサイズは「M-R」で、肩幅はいいのですが、縦に長すぎてハーフコートを着ているような感じになってしまいました。
これでは服を着ているというより、服に着られているようで格好悪いですね。






非戦闘時、ラフな着こなしの状態です。
前を空ければ多少はマシに見えるかも…w
首から下げているドッグ・タグは、ベトナム戦争当時の仕様を再現した複製品です。






ヘッドギアは1960年代アメリカ陸軍のユーティリティキャップで、通称ベースボールキャップと呼ばれた物です。
ベトナム戦争ではブーニーハットと共に普及していました。






ジャングルファティーグとM1956装備で武装した状態・正面です。
首にかけたタオルは夏のサバゲーでは実用品としても汗止めとして大変役に立ちます。
手袋はノーメックス・グローブを使用しています。
ベトナム戦争でも、歩兵垂涎のアイテムで、様々な手段で入手したと聞きます。






手にしているのは東京マルイ製M16A1電動ガンです。
現在では絶版品ですが、そこそこの性能で重量が軽いので重宝しています。
サバイバルゲーム用に、キャリングハンドル上部にコルト純正タイプ・スコープを搭載しています。
このような装備例は当時の戦場写真でも確認できます。







腰周りの装備品です。
装備品をどっさりつけたピストルベルトをサスペンダーで吊るスタイルは、ウッドランド迷彩BDUの時代まで続くアメリカ軍兵士の典型的スタイルですね。






ジャングルファティーグとM1956装備で武装した状態・背面です。
M61フィールドパックを中心に各種装備品を装着しています。






M1956装備一式です。
M7バヨネット(銃剣)を吊っていますが、ベトナム戦争では必ずしも常に装備する物ではなかったようで、銃剣を持たない兵士の姿も多く見られます。






M61フィールドパックの下部には丸めたポンチョを縛着してあります。
ポンチョにはポンチョライナーと一緒に使用する専用のキャリアもありますが、纏めるとかさばる為、フィールドパックに装着する方法がしばしば用いられました。






M16が採用されてから、消費弾薬量が激増した事もあり、予備弾倉を余分に携行するためバンダリアが多用されました。






M16・20連マガジン用ポーチの側面にはM26ハンドグレネードを装着してあります。






M1956装備は装備品の取り付けに金属製のスライドキーパーを採用したのが特徴です。
装備を組む時だけでなく、取り外しや取替えも楽に出来るようになった画期的な発明だと思います。
装備品がナイロン製に更新された後も「アリスキーパー」の通称で使用され続けましたし、自衛隊でも同型のスライドキーパーを採用しています。






M1ヘルメットにはミッチェルパターン・ヘルメットカバーが被せてあります。
このヘルメットカバーは1959年頃からアメリカ海兵隊で支給が始まり、間もなく陸軍でも採用されました。
ジャングルファティーグとあわせて、ベトナム戦争当時の米兵のイメージを特徴付ける装備だと思います。
なお、このM1ヘルメットはかつて東京ファントムで販売されていた、サバイバルゲーム向けのプラスチック製レプリカです。
軽いので首に負担がかからず、帽子感覚で扱えて便利です。






陸軍ではヘルメットには擬装用のゴムバンドが装着されます。
ベトナム戦争では一般に、擬装用としてではなく、もっぱら様々な小物をはさんでおく為に使用されていました。
一方、海兵隊では擬装バンドは支給されませんでしたが、兵士の多くはゴムタイヤのチューブを使って自作したバンドを装着していました。
使用目的は陸軍同様、小物をはさんでおく為だったようです。




  

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2017年06月24日

アメリカ海兵隊 レギンス (複製品)







第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊のレギンスです。
本品はアメリカ製の精巧複製品です。






実物と比べると素材は柔らかめながら、色や質感は良く再現されています。






複製品なので外見も綺麗です。
なお、サイズ表記は陸軍とは異なる規格です。






海兵隊のレギンスの特徴として、陸軍の物より鳩目の数が少ない点があげられます。
脱着は明らかに海兵隊の物の方が楽です。






鳩目にフックを引っ掛けた装着状態だとこんな感じになります。






海兵隊レギンスのサイズ表記は陸軍と違い、数字が大きくなるにつれてサイズが小さくなるようです。
私が購入した海兵隊レギンスのレプリカは最小サイズの「5」ですが、それでも自分には大きすぎ、着装してもずり落ちてきてしまう為、現在のところ陸軍のM38レギンスで代用しています。
日本人の平均サイズは「6」辺りのようですが、レプリカは製造されていないそうです。






左が陸軍、右が海兵隊のレギンスです。
丈はほぼ同じながら、紐を引っ掛けるフックの数が大違いです。






左が陸軍、右が海兵隊のレギンスです。
見ての通り、フック以外はほぼ差異はありません。




  

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2017年06月17日

アメリカ海兵隊 ストレートサスペンダー (実物放出品&複製品)







アメリカ海兵隊が第二次世界大戦当時に使用していたサスペンダーです。
本品はアメリカ製の精巧複製品です。






1本のサスペンダーで三箇所、合計6箇所を金具で固定して使用します。






身体前部に当たる方向の金具は弾帯の鳩目に引っ掛けるだけの単純な作りです。






一方、背中側の金具はスプリング式でしっかり固定できます。






そもそもは海兵隊用リュックサックを構成するハーネスの1部品ですが、2本を単体で使用する事でサスペンダーとして使えます。
特に太平洋戦線では重装備は敬遠されましたから、もっぱらサスペンダーのみでの使用例が多く見られます。






こちらは第二次世界大戦後に製造されたODカラーモデルです。
デザイン・構造とも変化無く、染色のみ濃緑色に変更されています。






このODタイプはベトナム戦争初期の使用例が多く確認できます。
戦後と言えばまず朝鮮戦争が思い浮かびますが、米海兵隊では朝鮮戦争時にもいまだカーキ色の装備品を多く使用しており、足回りも依然レギンスを履いていました。






画像には映っていませんが、ベトナム戦争では、細いサスペンダーが肩に食い込むのを防ぐ為、専用のパッドを取り付けた運用例も多く見られます。




  

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2017年06月10日

アメリカ海兵隊 ダックハンター迷彩装備 (太平洋戦線)







P1942ダックハンター迷彩服を着用したアメリカ海兵隊員です。
この迷彩服は1943年7月のニュージョージア上陸作戦を皮切りに支給が始まりました。






画像はトンプソンM1928短機関銃を装備した兵士です。
そもそも私が同迷彩服に興味をそそられたのは、映画「ウインド・トーカーズ」冒頭のニコラス・ケイジのドラムマガジン仕様トンプソンの連射と迷彩服の着こなしからで、なるべくその再現になるよう着装しております。






迷彩服の採用当初は狙撃兵やレイダース大隊等、一部の精鋭部隊のみに支給された迷彩服ですが、順次支給範囲が拡大されていき、1944年時点で全海兵隊員が支給対象になりました。
この装備例は1943年後半の、まだ一部支給に留まっていた時期を想定しています。






ドラムマガジンポーチはストラップによるたすきがけの他、画像のようにストラップを取り外して、ベルトループを使ってピストルベルトへ直接装着も出来ました。






トンプソンM1928短機関銃ドラムマガジン仕様の装備一式です。
ストレートサスペンダーを使用できるため、ドラムマガジンポーチのストラップはあらかじめ取り外してあります。






裏から見るとわかりますが、ジャングルファーストエイドポーチはベルトループで装着しています。
これは、付属のダブルフックワイヤーでは鳩目の位置が違い、ピストルベルトに吊るせない為です。ちなみにカートリッジベルトにはきちんと吊るせます。
要するに、カートリッジベルトとピストルベルトでは鳩目孔の位置が微妙に違うと言う訳です。






M1ガーランドを装備した、一般的な海兵隊員装備です。
迷彩服はリバーシブルですが、緑系迷彩柄を表面にして着用しています。






装備例はM1ガーランドに更新完了し、本格的な島嶼上陸作戦で経験を積んでいる最中の1943年後半の想定です。






全身を迷彩に包んだ海兵隊員は単純に格好いいです。
カーキ色の装備品も、ダックハンター迷彩柄によく溶け込んでいます。






アメリカ陸軍では1943年頃から装備品に濃緑色の物が採用され始めますが、海兵隊では第二次世界大戦全期間を通してカーキ色装備を使い続けました。
それどころか、1950年の朝鮮戦争の開戦時点でも、大戦当時のままの軍装で戦っています。






トンプソンM1A1短機関銃を装備した海兵隊員です。
1944年には迷彩服も全海兵隊員に普及を完了した頃ですが、この時期になると着こなしにもアレンジが加わり、画像のように上着のみ迷彩服を着用し、ズボンは通常のP1941HBTトラウザースという兵士も多く見られます。





伏射や膝射等、隠れながらの戦闘では迷彩服は上着とヘルメット・カバーのみで充分、ということなのか、損耗の激しいズボンを履き潰してそのままになったものか、理由はわかりませんが上下で色違いという着こなしも実戦的で面白いです。






地上戦闘に移行し、索敵中の海兵隊員です。
トンプソン・サブマシンガンはジャングルでの不意の遭遇戦で威力を発揮したと言う話の一方で、日本軍の軽機関銃に音が似ている為、使用を控えていたと言う相反する話を耳にしますが、実際どうなんでしょうね?






緑系のダックハンター迷彩は、サバイバルゲームで使ってみた限りでは、緑の多い草原地帯ではなかなか効果的な迷彩柄だと思います。
一方で、動くとOD単色より余計に目立つと言う説も、実体験としてわかる気がします。






M3A1グリースガンを装備した海兵隊員です。
迷彩服、ヘルメット・カバー共に裏面の茶系迷彩柄を表にして着用しています。






装備は1945年中頃の沖縄戦を想定した物です。
当時のカラー映像でも、茶系迷彩の使用が確認できます。
一説には戦線が日本本土に近づくにつれて、迷彩も緑系から茶系へと切り替えられていったという話です。
確かに、南方の密林地帯から、火山灰の積もる硫黄島、民家の多い都市部の沖縄戦線へと転戦していく内に適応する迷彩柄がかわっていったのだろうと納得できます。






M3A1グリースガンを持って周辺を警戒中の海兵隊員です。
背景が緑だと茶系の迷彩は浮いてしまっています。






手にしているM3A1グリースガンは第二次世界大戦当時の銃器としてはかなりコンパクトで、取り回しのよさはドイツ軍のMP40以上だと思います。
電動ガンの話をすると、フルメタルで重いので、コンパクトとはいえ、使っているうちにしんどくなってくるのがちょっと辛いところです。






トンプソン・サブマシンガン用マガジンポーチを流用していますが、マガジンチェンジはむしろ楽にこなせます。(このグリースガンの装弾数は400発近くあるので、サバイバルゲームでは1本あれば充分ですけどねw)




  

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2017年06月03日

アメリカ海兵隊 P1942 ダックハンター迷彩ユーティリティ (ATF製・複製品)







アメリカ海兵隊が第二次世界大戦時に使用していた「P1942迷彩ユーティリティコート&トラウザース」です。
本品はアメリカATF社の複製品です。






デザインはP1941HBTユーティリティコートと基本的に同一ですが、両面迷彩のリバーシブル生地となっています。






また、着替えを容易にする為か、ドーナツボタンにかえてドットボタンが使われています。






表面はダックハンター柄の、緑系迷彩です。
P1941HBTと比べての違いとして、ユーティリティコートの腰ポケットは片側のみになっており、簡易ながらボタンとボタンホールが追加されています。






ポケットにはプリーツは設けられておらず、容量は少ないです。






胸ポケットには「USMC」のスタンプが押印されています。






前あわせ部分のボタン位置はちょっと特徴的で、布地の余白部分が多くしてあります。
その為もあって襟元のボタン留めが2箇所設定されているのでしょう。






襟は折襟・開襟どちらにも出来ます。
画像は折襟の状態です。






第1ボタンに当たる位置には2箇所のドットボタンがあり、しっかり閉じる事が出来ます。






両面リバーシブルの為、開襟状態では襟元に裏面の迷彩柄が見えます。






袖は単純な筒袖で、P1941HBTユーティリティのようなボタンやボタンホールは全くありません。






ズボンはシンプルなストレートタイプです。






デザインは基本的にP1941HBTユーティリティと同型ですが、リバーシブルの為か、ポケットが片側のみとなっています。






P1941HBTユーティリティと比べると、黒塗りのドットボタンが特徴的です。
迷彩柄は、この画像が一番自然な色調が写せていると思います。






ドットボタンははじめは硬いですが、付け外しを繰り返すうちに扱いやすくなってきます。
ただ、破損すると修理が難しい点はボタン式に比べて不利ですね。






尻ポケットも片側のみになっています。






表面迷彩柄の着用状況・正面。
戦場への投入は1943年中ごろからで、当初は海兵隊の中でも精鋭とされるレイダーズ大隊と、狙撃兵への限定採用でした。






表面迷彩柄の着用状況・背面。
ただ、陸軍のリバーシブル迷彩生地が大量に余剰したため、海兵隊での拡大採用が進み、結局1944年には全ての海兵隊員が支給対象となりました。






P1942ダックハンター柄の裏面は茶系迷彩です。






裁断は表面側をそのままひっくり返した状態で、縫い目が露出したような形になります。






ドットボタンも裏面で、ボタン位置も前合わせに対してオフセット気味の位置になります。
あくまで、表面柄の緑系迷彩が着用する上での基本設定のようです。






表裏の迷彩の色は、かなりはっきりとした差が見て取れます。






裏側にも胸ポケットがあり、「USMC」のスタンプの押印がされています。
この画像の色調が、一番よく映っていると思われます。






表面同様、腰ポケットも片側のみです。






折襟状態の襟元の様子です。






開襟状態だと、緑系迷彩がチラ見えします。






茶系迷彩のズボンです。






やはり、尻ポケットが片側のみ付いています。






前合わせはそっくりそのままひっくり返した状態なので、開け閉めはしずらいです。
ベルトループはしっかり設けてあるのでベルトもしっかり使えます。






尻ポケットは貼り付け式です。
裏面のポケットの縫い目が透けて見えます。






裏面迷彩の着用状況・正面。
ダックハンター迷彩柄は、フロッグスキン迷彩とも言われ、アンブッシュ時の迷彩効果は相応に高く評価されていますが、一方で移動時には単色よりもかえって目立つという問題点も指摘されています。
当初、狙撃兵向けの限定採用とされたのもその為でしょうか。






裏面迷彩の着用状況・背面。
裏面である茶系迷彩は、秋季迷彩とも、上陸作戦時専用とも言われています。
戦争全般を通してみると、戦争初期の島嶼戦闘では緑系が使われ、戦場が日本本土に近づくにつれて徐々に茶系迷彩が使われる比率が増えていったようです。




  

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2017年05月27日

アメリカ海兵隊 ダックハンター迷彩ヘルメットカバー (複製品)







第二次世界大戦当時、アメリカ海兵隊のトレードマークとなった、ダックハンター迷彩ヘルメットカバーです。
本品はアメリカ製で、擬装スリットの無い一番最初に支給されたタイプの複製品です。






ダックハンター迷彩は、フロッグスキン迷彩とも言われる迷彩柄で、元々はアメリカの民間狩猟用品で、それを参考に軍用に開発された迷彩パターンだと聞いた事があります。






P1942迷彩服と同時に採用された迷彩ヘルメットカバーですが、1943年ごろから普及し始め、以後は海兵隊員のトレードマークとして愛用されました。






海兵隊ヘルメットカバーは大別すると3パターンあり、ファーストパターンは単純にリバーシブル迷彩生地で作られた物、セカンドパターンは擬装用に草木を挿し込むスリットが設けられたもの、そしてサードパターンはモスキートネットと擬装用布地が追加され、迷彩もグリーン系のみでリバーシブルでなくなった物になります。
特にサードパターンはスナイパーヘルメットカバーとも呼ばれ、主に第2レイダーズ大隊で好んで使用されたそうです。









ヘルメットカバーの表面となる、緑系迷彩柄での着装状況です。
この迷彩柄は、主に春夏季用といわれています。
また、上陸作戦時には茶系にしておき、上陸後の内陸での戦闘に移行してからは緑系に切り替えるとも聞いた事があります。









ヘルメットカバーの裏面となる、茶系迷彩柄での着装状況です。
この迷彩柄は、主に秋冬季用といわれています。
ひとつの流れとして、東部ニューギニア戦線末期に登場して以降、タラワ・ペリリュー戦では緑系が使用されていたものが、日本本土に近づくにつれて茶系迷彩の使用率が上がっていったと聞いています。
確かに、沖縄戦のカラー映像等では、茶系と思われる迷彩柄が目につきます。




  

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2017年05月20日

アメリカ陸軍 M1タイプ・プラ製ヘルメット (エスアンドグラフ・複製品)







アメリカ軍・M1ヘルメットのゲーム用プラ製レプリカ品です。
本品はエス&グラフで購入した物です。






本製品の特徴は、実物のような二重構造ではなく、内装部分がリング状のパーツになっている点です。
このパーツは全体を引っ張ると取り外せます。
ヘルメットカバーを使用する際は、カバーを被せたあとにこの内装を押し込んで固定します。
二重構造の再現性という点でのリアルさには欠けますが、実用性は高いです。






全体像だとこんな感じになります。
第二次世界大戦モデルにするため、ダミーのライナー用チンストラップが紐で留められています。






M1プラ・ヘルメットを真上から見たところです。
外形は良く再現されていると思います。
色はプラそのものの色で、塗装はされていません。
そのため、よくみるとヒケや金型の跡が見えますが、全体が梨地処理されている為、離れてみれば案外目立ちません。






本来の商品に付属していたチンストラップはM1956装備の頃のOD色で金具で噛ませて固定するタイプでしたが、第二次世界大戦当時のモデルを再現するため、サムズミリタリ屋で購入した大戦型カーキ色タイプに付け替えています。






ヘルメットへの装着も、大戦当時のように縫い付け式です。
といっても実物のような機械織りではなく、自分で手縫いしました。






擬装網が付属していたので被せてみました。
素の状態と比べるとだいぶ印象がよくなります。
擬装網は米軍特有の目の細かい物を再現してあります。
この擬装網は、草木を差し込む為よりも、光りの反射を抑えてヘルメットを目立たなくする為の物のように思えます。






M1ヘルメットと擬装網の組み合わせは、第二次世界大戦中、ヨーロッパ戦線でよく見られます。
逆に太平洋戦線ではあまり見かけません。






M1プラ・ヘルメット着用状況です。
プラの質感そのままですが、梨地仕上げなので案外雰囲気は出ています。






擬装網やヘルメットカバーを使わない場合、チンストラップの固定金具がちょっと目立ちますね。






私はアメリカ陸軍装備の際には、チンストラップは後ろに回して留めています。
ヘルメット自体が軽いため、この状態でも帽子のように扱えます。






このような状態にするには、チンストラップを最大まで伸ばしてやる必要があります。
この着こなしも、アメリカ兵らしさのひとつですね。




  

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2017年05月13日

アメリカ海兵隊 WW2装備 (太平洋戦線)







第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊装備です。
立射姿勢で構えているのはトンプソンM1928短機関銃で、ドラムマガジンを装備しています。






アメリカ海兵隊は陸軍に先駆けてサブマシンガンを導入した経緯があり、第二次世界大戦でもトンプソンSMGの他にもレイジングSMG等の各種サブマシンガンを活用しています。






画像は1942年ガダルカナル島での戦いにおける海兵隊員の装備例です。
対日開戦当初は海兵隊のトレードマークである迷彩ヘルメット・カバーはまだ使用されていません。
(迷彩ヘルメット・カバーは、1943年後半から一般化したようです)






装備は上陸戦闘が一段落したあとの残敵掃討戦に向けて、通常の小銃兵が独自ルートで借りてきたサブマシンガンで臨時に武装した状態を想定している為、腰にはカートリッジベルトのみ、トンプソンSMG用ドラムマガジンをたすきがけにしただけの軽装備です。






このトンプソンM1928短機関銃はフォアグリップが握りやすいピストルグリップタイプですが、実際に軍に制式採用された物の大半はトンプソンM1A1のようなストレートタイプのフォアストック仕様でした。






私はごく個人的な好みと取り回しのし易さ、そして映画「ウインドトーカーズ」冒頭の活躍ぶりから、あえてピストルグリップタイプを入手しました。
ピストルグリップとドラムマガジン仕様のトンプソン・サブマシンガンは、どちらかというとイギリス陸軍での運用例の方が思い出されますね。






こちらは一般的な海兵隊小銃兵の装備例です。
ダックハンター迷彩ヘルメット・カバーが支給され、銃もスプリングフィールドM1903からM1ガーランド自動小銃へと更新完了した1943年後半のタラワ・ペリリュー攻略戦の頃の装備になります。






カートリッジベルトは海兵隊独自装備のストレートサスペンダーで吊っています。
腰にはM1905E1バヨネットをM7シースに収めています。






M1ガーランド・膝射姿勢です。
海兵隊では一般的にレギンスの上からズボンを履いて、レギンスの中に水が溜まらないようにしていました。






迷彩ヘルメット・カバーはリバーシブルで、画像では緑系迷彩柄を表にしています。






M1ガーランド用装備一式です。
上陸作戦時はともかく、上陸後の陸上戦闘では背嚢は背負わず、身体に負担にならないよう、なるべく軽装で済ます事が多かったようです。






裏から見るとより分りやすいですが、第二次世界大戦当時のアメリカ軍では装備の取り付けはダブルフックワイヤーで「引っ掛けて吊る」方式が多用されていました。






トンプソンM1A1短機関銃を装備した海兵隊員です。
腰にはKA-BAR(ケー・バー)ナイフと、護身用にコルトM1911A1をホルスターに収納して装備しています。






M1936ピストルベルトにはトンプソン30連マガジンを3本収納する専用ポーチ、ジャングルファーストエイドポーチ、キャンティーンを装備しています。






敵兵を発見し、掃射している様子です。
中身入りのホルスターやキャンティーン、ナイフ等重量物も多いですが、ストレートサスペンダーのおかげでバランスよく装備できています。






もっとも、このストレートサスペンダーは板紐の両端に金具が付いただけの単純な構造なので、1日中ゲームをしていると、段々と肩に食い込んできて結構辛いです…w






トンプソンM1A1用装備一式です。
ダブルフックワイヤーは取り付けられる位置が限定されてしまうので、装備品が多いとどこに何を装着するかをよく考えながら組み立てなければならず、悩ましいところです。






裏から見てみると、マガジンポーチがだいぶ面積を取っているのがわかります。
この装備の中では、マガジンポーチとナイフ・シースは単にループにベルトを通す方式なので、多少取り付け位置の融通がつけ易いです。






M3A1短機関銃、通称「グリースガン」を装備した海兵隊員です。
装備は1945年中頃の沖縄戦線を想定しています。






迷彩ヘルメット・カバーは茶系迷彩柄を表にしています。
また、本来ヘルメットの内側に折りこむタブ部分のうち、後ろ側だけ外に出して、日除けとして利用しています。
当時の戦場写真でも良く見られるアレンジです。






M3グリースガンは専用のマガジンポーチが第二次世界大戦中には支給されなかったらしく、画像ではトンプソン・サブマシンガン用マガジンポーチを流用しています。
トンプソン・サブマシンガンとM3グリースガンは同じ45口径11.4㎜拳銃弾を使用しますが、マガジンの長さが違う為グリースガンのマガジンを挿入するとポーチの蓋が閉まらなくなります。






ピストルベルトにはキャンティーンを2個取り付けてあります。
水筒を複数装備するのは南太平洋戦線では陸軍・海兵隊を問わず、良く見られる運用です。






M3A1グリースガンは、M3短機関銃の不具合を改修した改良版で、1944年12月頃に採用・支給が始まりました。
戦争末期の装備品ですが、1945年中頃の沖縄戦には充分間に合ったはずです。






M3グリースガンはプレスフレームと伸縮式ストック等、トンプソン・サブマシンガンと比べてより新しく、機能的に作られています。
画像のM3A1グリースガンはS&T製の電動ガンですが、現在発売されているグリースガンのトイガンの中では形状や質感等、再現性は高いほうだと思います。






グリースガンのマガジンは、ごらんの通りポーチからはみ出た状態になります。
キャンティーンの内、1個は陸軍の物ですが、海兵隊では戦時の大増員に対応する為、不足する装備品を陸軍から調達していた為、陸軍の装備と海兵隊独自の装備が混在する状態が普通になっていました。






マガジンポーチやホルスター、ナイフを装備した上にキャンティーンを2個装備すると、いよいよピストルベルトのスペースの余裕がなくなってしまいました。(本物のアメリカ兵ならばウエストの余裕もあるのでしょうけど…)




  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(2)装備:アメリカ軍

2017年05月06日

アメリカ海兵隊 P1941 HBTユーティリティ (複製品)







アメリカ海兵隊のP1941HBTユーティリティです。
本品は中田商店で販売されている、セスラー社の複製品です。






HBTユーティリティは本来は作業服として支給された被服ですが、本来軍服として着用されていた「チノ・シャツ」の明るいカーキ色やタイトな裁断が、南太平洋の島嶼地域向きでは無かったため、第二次世界大戦全期間を通してHBTユーティリティが戦闘服として使用されました。






HBTユーティリティはまずP1941、のちに戦訓を取り入れて改良されたP1944が採用されましたが、P1944の着用は1945年の沖縄戦末期に見られる程度で、もっぱら戦後、朝鮮戦争において本格的に使用されました。






襟は第一ボタンで留める事が出来ますが、戦地ではもっぱら開襟で着用されていました。






本品はP1941の中でも後期生産型を再現した物です。
初期の物との主な違いは、ドーナツボタンが赤銅色だったものを黒塗装とし、胸ポケットも初期の物よりエッジが角ばっています。






袖口はドーナツボタンで留めます。






ボタンホール2つに対し、ボタンが4つも付いていますが、実物では2つです。
セスラー、ボタンが多すぎますねw






余分なボタンを外すのは簡単ですが、穴が残ってしまうので、私は着用時には袖まくりをして誤魔化しています。






こちらは対になるズボンです。
生地はHBT(ヘリンボンツイル)、日本語で杉綾織ですが、陸軍とは織目が違うのが特徴です。
色も明るめのセージグリーンとなっています。






ズボンには側面に手を突っ込めるポケットが2つあります。






更にズボンベルトループの近くに懐中時計を入れるための小ポケットがあります。
このあたりの造りが時代を感じさせますね。






背面には貼り付けタイプの尻ポケットが2つあります。
側面のポケットもそうですが、陸軍の作業服のようなプリーツは一切無く、容量は非常に少なくあまり実用的ではありません。






海兵隊独特のズボンベルトを通したところです。
セージグリーンにライトカーキのベルトと真鍮バックルの色味が映えて良い感じです。






前合わせはボタン式です。
ボタンはジャケットと同様、陸軍とは異なる海兵隊独自のドーナツボタンが使われています。






ズボンには内張りなどなく、いかにも作業服らしい造りです。






ズボンの裾は単純な筒袖で、絞り紐等は一切ありません。






海兵隊の官給品Tシャツの複製品です。
第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊のインナーシャツは、独特の青みがかった色調が特徴なので、アメリカ製の精巧複製品を入手しました。(Tシャツ1着に4,000円も使ったのは初めてだわ…w)






着装状況・正面。
ユーティリティ(作業服)なので、全体にゆったりしたデザインで、軍服らしくないところが米軍らしいですね。
帽子はP1941カバーを着用しています。
帽子自体は陸軍のM1941ユーティリティキャップと全く同じ物です。






着装状況・背面。
服の裁断のシンプルさ、着心地のゆったりした感じがよくわかります。
大戦初期の南方装備であるチノシャツ・チノパンツがP1941HBTユーティリティへと取って代わられたのは、服の色もさることながら、着用時の動きやすさが大きな理由だと思います。




  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(4)装備:アメリカ軍