2017年09月16日

アメリカ陸軍 M1956 キャンティーン&カバー・初期型 (実物放出品)







アメリカ陸軍のキャンティーン(水筒)です。
画像の物はベトナム戦争初期に使用例の多い、M1956キャンティーンカバーとアルミ/ステンレス製キャンティーンの組み合わせになります。






M1956キャンティーン・カバーは、従来のキャンティーン・カバーを改良した物で、基本構造は同じながら、弾帯への装着方法をスライドキーパー式に改め、フラップのボタンもドットボタンに変更されています。






当初はアメリカ陸軍にて採用、その後アメリカ海兵隊でも後を追うように採用しています。






画像の物はM1956キャンティーン・カバーの中でも初期型とされるもので、フラップの外縁部分がコットン製です。
後期型では、この部分がナイロン製に変更されています。






装着方法がダブルフックワイヤーからスライドキーパーに改められた事で、激しく動いた際に水筒がぶらぶら揺れることがなくなり、使い勝手が向上しました。






フラップの固定はドットボタン式となりましたが、この部分は特に優劣の差は感じられません。






キャンティーン・カバー内側には、従来のM1910キャンティーン以来のパイル地が貼り付けてあります。





収納しているキャンティーンはアルミ製のものです。
ベトナム戦争でも1965年の派兵当時はこの金属製水筒が主流でしたが、徐々にプラスチック製キャンティーンに更新されていきました。






なお、私はアメリカ軍の物と同型の陸上自衛隊・旧型水筒を流用しています。
刻印を見れば丸分かりですね。






キャンティーンに付属するカップはアメリカ陸軍の実物中古品です。
このカップにもバリエーションがありますが、本品はフチの部分が丸められたタイプになります。






形状は第二次世界大戦以来の、バーハンドルタイプです。






中古品ということもあり、かなり使用感のある外観です。






使用時にはバーハンドルを画像のように展開し、可動式の爪で固定します。






独特のL字型の持ち手が特徴ですが、1980年代に採用されたALICE装備では、ワイヤーハンドル式に改められました。






カップの外縁は第二次世界大戦時によくみられた、丸くプレス成型された物です。
このフチの部分の隙間に唾液や水などが溜まり、衛生的でないとして、のちにプレス成型を廃止したモデルが造られるようになったと聞いた事があります。




  

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2017年09月09日

アメリカ陸軍 M1956 キャンティーン&カバー・後期型 (実物放出品)







アメリカ陸軍のM1956キャンティーン・カバー&キャンティーンです。
画像の物は実物中古放出品です。






M1956キャンティーン・カバーはプラスチック製キャンティーンと共に、主にベトナム戦争で使用されました。






M1956キャンティーン・カバーは製造時期によりバリエーションがあり、こちらは蓋の縁取りがナイロン製なので後期型に当たります。






当初はコットン製だった縁取りをナイロンに変更したのは、濡れた際に乾きやすくする為と思われます。






M1956装備なので、スライドキーパーが取り付けられています。






キャンティーン・カバーの中身はプラスチック製キャンティーンです。






キャンティーン・カバーの底部はフラットなコットン製で、水抜き穴などはありません。






M1956キャンティーンをピストルベルトに装着したところです。






装備方法がスライドキーパー式になった事で、ダブルフックワイヤーの頃にあったキャンティーのぶらつきが無くなり、装着感が向上しています。






キャンティーン・カバーの蓋はドットボタンで開け閉めできます。






キャンティーン・カバーの内側にはパイル地が縫い付けられています。






内側のパイル地はM1910キャンティーン以来の伝統で、のちに採用されるALICE装備のナイロン製キャンティーン・カバーにも受け継がれています。






M1956キャンティーンの中身一式です。
キャンティーン本体に被せる形で、金属製のキャンティーン・カップが付属します。






キャンティーンとキャンティーン・カップの組み合わせも第二次世界大戦以来のもので、カップの形状もほぼ更新されていません。






キャンティーンはプラ製になりましたが、飲料水を温めるため、カップは金属製のままです。






M1956装備採用当初は第二次世界大戦以来のアルミ製やステンレス製の水筒が使われていましたが、1962年にプラスチック製の1クォート・キャンティーンが採用されました。






このプラスチック水筒は、ベトナム戦争当時に製造されたものは素材に鉛が含有されているそうで、実用はしない方が良いと聞いたことがあります。






また、現在では複製品が製造・流通しているとの事ですが、外見や質感が非常に精巧で、実物との区別が難しいようです。






私は同キャンティーンを複数所有していますが、いずれも1969年製の刻印があり、実物か複製品か判断が付きません。






キャンティーンキャップは軟質樹脂製のリングで脱落防止処理されています。
かつては金属製の鎖が使われていましたが、それと比べると素材の質感もあって、ちょっと安い印象です。






飲み口の部分はアルミ製水筒と比べて突出した形状なのが印象的です。
キャップにはコルクやゴム栓のような水密構造はなく、キャンティーン自体の柔軟性で水漏れを防ぐ造りです。






こちらはキャンティーン・カップです。






キャンティーン・カップにはいくつかのバリエーションがありますが、こちらはフチの部分が平らにプレスされたタイプです。






実物中古品ですが、使用感はあまりなく充分実用可能です。






形状は第二次世界大戦以来のバーハンドルタイプです。






カップ本体とバーハンドルとは素材が異なるようで、ハンドル部分はザラツキのある質感です。






このL型の握り部分は、地面に置いた際にひっくり返りにくい、安定性の高い形状なのが好印象です。(例えばドイツ軍の水筒カップは、ちょっと手が当たると倒れてしまい、中身をこぼす事もしばしばです)






ただ、ワイヤーハンドルタイプと比べると、形状が単なる板なので、飲み物で重くなった状態だと、手が痛くなってきます。






カップのふちの部分は、この平らにプレスされたものの他に、丸く折りこみ成型されたものが良く見られます。






M1956キャンティーン・カバーの初期型と後期型を比較してみました。
カバーの蓋の縁取りの部分が、初期型ではコットン製ですが、後期型ではナイロン製に変更されました。






並べてみると、コットン製とナイロン製の質感の違いが良く分ります。




  

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2017年09月02日

アメリカ陸軍 ジャングルファティーグ&M1956装備 (ベトナム戦争時)







アメリカ陸軍および海兵隊がベトナム戦争で使用した、「ジャングルファティーグ」です。
本品はジャケットがデッドストック実物新品、トラウザースがセスラー社の複製品です。






トロピカルコンバットユニフォーム、通称ジャングルファティーグは製造時期により大別して4種類に分けられますが、4thタイプ、最後期の物です。
このタイプは1968年頃から製造された物で、ベトナム戦争後半期に用いられた、最も普及したタイプと言えます。
現在製造されている複製品や当時のデッドストック品も殆どがこの4thスタイルです。






ジャケットのボタンはプラスチック製で、全体に丸みを帯びた使いやすい形状です。
極初期型では艶のあるボタンでしたが、間もなくつや消し処理のボタンへと変更されました。






ジャケット背面上部の縫い目付近です。
ジャングルファティーグは上下とも、ゆったりした裁断で防暑性能に配慮してあります。
結果として、戦闘服としても動きやすいデザインであり、のちに採用されるBDU(バトルドレスユニフォーム)におおいに影響を与えました。






袖は2箇所のボタンホールでサイズ調整できます。






一番きつくした状態です。






ジャケットには4箇所にポケットがあり、画像は胸ポケットを開けた状態です。
胸ポケットには蓋の部分にペン挿しがあり、ポケット内部にもペンの通せる縦長の内ポケットが縫い付けられてます。






こちらは腰ポケットです。
こちらも胸ポケット同様に大容量で、機能的にできています。
また、ポケットの底には使用環境を想定してか、水抜き孔が設けられています。






パッチ類は全て別途調達した物を自分で縫い付けました。
ポケットのフチに沿って「U.S.ARMY」タグ、その上部に水平に「歩兵戦功章」があり、袖には上部に「第9歩兵師団章」、下部に「四等特技兵」階級章を縫い付けています。






パッチ類はすべて、ベトナム戦争中期頃から普及しだしたサブデュードタイプです。
初期のフルカラーパッチと比べ目立ちにくく、被服の迷彩効果を高める効果があります。






「U.S.ARMY」タグ、ネームタグは、当初は被服に対して水平に縫い付けられていましたが、1969年通達により、画像のようにポケットのフチにそって、斜めに縫い付けられるよう改められました。







袖にはアメリカ軍の規定どおりの配置で徽章類を縫いつけました。
ベルクロ式の現用品と違い、当時の軍服では徽章類を付け外しする概念はまだありません。






階級章は「四等特技兵」、その上にある師団章は「第9歩兵師団」です。
階級章はベトナム戦争当時の実物デッドストック品です。
師団章は1980年代以降のナイロン製の物を使いましたが、考証的にははコットン製でカットエッジの物が望ましいです。






「U.S.ARMY」テープの上にあるのは「戦闘歩兵章」です。
ネームテープはベトナム戦争後期に良く見られるスタイル、ポケットに沿って斜めに縫い付けています。






ジャングルファティーグ・トラウザース(ズボン)です。
ジャケットに比べトラウザースは消耗が激しかったらしく、程度の良い実物でジャストサイズのものはなかなか見つからず、合っても結構な価格になっています。
私は堅実に精巧複製品で妥協しました。






大容量のカーゴポケットやウエスト調整ベルト、ズボン裾の絞り紐等、のちのBDUに受け継がれる要素が見て取れます。






トラウザースには大型のカーゴポケットが2箇所、フラップ付きの尻ポケットが2箇所あり、実用性に富んだ造りになっています。






カーゴポケットは2箇所のボタンで留めるように出来ています。
各部にマチがとってあり、外見以上に物を収納できるつくりです。






片方のカーゴポケットの中には、更にフラップ付きの小ポケットが内蔵されています。
何を収納する為の物かは、残念ながら知識不足でわかりませんが、凝った造りですね。






ズボンの裾は紐が通してあり、足首周りに合わせて縛る事が出来ます。
ベトナム戦争当時の米兵は、裾をたくし込まず、ブーツの外側でこの紐で縛って着用する事が多かったようです。
実際、そのようにブーツを履いたほうがうっ血を防ぎ、楽に行動できます。






ズボンベルト用ループに加えて、ウエスト微調整用のバックル金具が取り付けてあります。






また、尻ポケットにはフラップがあり、ボタンが1箇所設けられています。
それまでの米軍野戦服のポケット類が貼り付けポケット程度のシンプルな造りだった事を考えると、かなりの進化だと思います。






正面から見ると、前合わせの第1ボタンが確認できます。
側面には手を突っ込めるスリットポケットが2箇所あります。






背面から見ると、フラップ付きの尻ポケットが2箇所、ウエスト調整金具が2箇所確認できます。






前合わせはこれまでの米軍服とは異なり、ジッパー式になっています。
民生品を参考にしたのでしょうか、ボタン式に比べると格段に使いやすいです。
ただし、のちのBDUではボタン式に戻ってしまったところを見ると、耐久性に問題があったのかもしれません。






アメリカ陸軍のズボン用ベルトは第二次世界大戦以来のオープンフェイスバックルベルトです。
1960年代の物はバックルが黒塗装で、ベルト本体も黒色コットン製になっています。






ジャングルファティーグを実際に着用してみました。
ジャケットのサイズは「M-R」で、肩幅はいいのですが、縦に長すぎてハーフコートを着ているような感じになってしまいました。
これでは服を着ているというより、服に着られているようで格好悪いですね。






非戦闘時、ラフな着こなしの状態です。
前を空ければ多少はマシに見えるかも…w
首から下げているドッグ・タグは、ベトナム戦争当時の仕様を再現した複製品です。






ヘッドギアは1960年代アメリカ陸軍のユーティリティキャップで、通称ベースボールキャップと呼ばれた物です。
ベトナム戦争ではブーニーハットと共に普及していました。






ジャングルファティーグとM1956装備で武装した状態・正面です。
首にかけたタオルは夏のサバゲーでは実用品としても汗止めとして大変役に立ちます。
手袋はノーメックス・グローブを使用しています。
ベトナム戦争でも、歩兵垂涎のアイテムで、様々な手段で入手したと聞きます。






手にしているのは東京マルイ製M16A1電動ガンです。
現在では絶版品ですが、そこそこの性能で重量が軽いので重宝しています。
サバイバルゲーム用に、キャリングハンドル上部にコルト純正タイプ・スコープを搭載しています。
このような装備例は当時の戦場写真でも確認できます。







腰周りの装備品です。
装備品をどっさりつけたピストルベルトをサスペンダーで吊るスタイルは、ウッドランド迷彩BDUの時代まで続くアメリカ軍兵士の典型的スタイルですね。






ジャングルファティーグとM1956装備で武装した状態・背面です。
M61フィールドパックを中心に各種装備品を装着しています。






M1956装備一式です。
M7バヨネット(銃剣)を吊っていますが、ベトナム戦争では必ずしも常に装備する物ではなかったようで、銃剣を持たない兵士の姿も多く見られます。






M61フィールドパックの下部には丸めたポンチョを縛着してあります。
ポンチョにはポンチョライナーと一緒に使用する専用のキャリアもありますが、纏めるとかさばる為、フィールドパックに装着する方法がしばしば用いられました。






M16が採用されてから、消費弾薬量が激増した事もあり、予備弾倉を余分に携行するためバンダリアが多用されました。






M16・20連マガジン用ポーチの側面にはM26ハンドグレネードを装着してあります。






M1956装備は装備品の取り付けに金属製のスライドキーパーを採用したのが特徴です。
装備を組む時だけでなく、取り外しや取替えも楽に出来るようになった画期的な発明だと思います。
装備品がナイロン製に更新された後も「アリスキーパー」の通称で使用され続けましたし、自衛隊でも同型のスライドキーパーを採用しています。






M1ヘルメットにはミッチェルパターン・ヘルメットカバーが被せてあります。
このヘルメットカバーは1959年頃からアメリカ海兵隊で支給が始まり、間もなく陸軍でも採用されました。
ジャングルファティーグとあわせて、ベトナム戦争当時の米兵のイメージを特徴付ける装備だと思います。
なお、このM1ヘルメットはかつて東京ファントムで販売されていた、サバイバルゲーム向けのプラスチック製レプリカです。
軽いので首に負担がかからず、帽子感覚で扱えて便利です。






陸軍ではヘルメットには擬装用のゴムバンドが装着されます。
ベトナム戦争では一般に、擬装用としてではなく、もっぱら様々な小物をはさんでおく為に使用されていました。
一方、海兵隊では擬装バンドは支給されませんでしたが、兵士の多くはゴムタイヤのチューブを使って自作したバンドを装着していました。
使用目的は陸軍同様、小物をはさんでおく為だったようです。




  

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2017年08月26日

日本陸軍 雑嚢 (中田商店製・複製品)







日本陸軍の雑嚢の複製品です。

中田商店で新製品として発売された当時、即購入した物です。

予備も含めて2個購入したのですが、内1個はのちに改造素材にしたため、現在はこの1個のみ所有しています。






素材は綿生地で、鉄製の金具にレンガ色の防錆塗装がされています。

色や質感は実物と比べてもよく再現されています。






雑嚢の蓋は大きく、留め具をつかわずとも、簡単に中身が脱落しないように出来ています。






この型の雑嚢は昭和13年に制定されたものです。

それ以前の物より容積が増し、金具式だった留め具が板紐に変更されました。






それまでは革ベルトで留めていた部分が、新型では紐で縛るように変更されました。

多少手間はかかりますが、劣化に強く、金具が擦れて音が出ないよう実戦向けの作りになったともいえます。






留め具の位置は三箇所あり、すべて縛れば内容物をしっかり保持できる堅実な構造です。






中身は二重構造になっていますが、背中側は書類程度しか入らず、もっぱら袋状の方に日用品類を詰め込んだようです。






目一杯中身を詰めた状態です。






さすがにパンパンで現実的ではありませんね。






側面から見ると中身の詰め込み具合が良く分ります。

実際にはここまで物を詰めることは無かったと思います…w




  

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2017年08月19日

日本陸軍 九〇式鉄帽 (中田商店製・再生品)







日本陸軍の九〇式鉄帽です。

本品は中田商店で販売されている、実物の外帽に複製品の内装を組み合わせた再生品です。






かつては、長らく中田商店のレストア鉄帽「しか無い」状態でしたが、最近は中田製複製や海外製複製など、選択肢が増えて喜ばしい限りです。

まー、それぞれに一長一短あるのも常ですが…






数ある複製品の中でも、外見は最もリアルじゃないでしょうか。(なんせ実物ですから)






錆の塊のような代物を再塗装で誤魔化した手前、塗装の状態や色味などに一言二言いえるのでしょうが、実戦で使うわけでもなし、どのみち鉄帽覆いをかぶせてしまうので文句は無いです。

逆に素の状態で使うつもりなら、納得行く外装の複製品を選択するのが吉でしょう。






内装は完全に後付のレプリカですが、革も厚く、裏側の綿入れクッションもしっかり作りこまれています。安い海外製品との格の違いがよくわかりますね。

しかしながら、リベットの位置や数、アゴ紐の通し環などは、戦時中の実物とはかなり異なります。このあたり、こだわる向きには我慢できない点でしょうね。






顎紐は文字通りの板紐で、金具やストラップに見慣れていると、一見すると古臭く思えるものの、規定どおりの巻き方で締めれば、3点支持でしっかり固定されるし、フリーサイズですから、締め具合でも最適な状態にできます。

おまけに、被らないときは解いた紐で背中にたすきがけに背負う事ができます。

画像の顎紐は、のちに付け替えた精巧複製品です。

金具の位置・形状が若干異なる為、フィット感は今一よくないですが、外見は非常に”らしく”なりました。






専用の鉄帽覆いを装着した状態です。

鉄帽覆いは、諸外国の物とは少々趣が異なり、迷彩効果ではなく、直射日光で鉄帽が加熱するのを防ぐ為に作られています。

そのため、中綿が詰められていて、それなりに厚みがあります。

洗うと縮んでしまい、二度と鉄帽に装着できなくなりますので気をつけましょう。






鉄帽覆いの正面には帽章が縫い付けられています。

褐緑色羅紗の台座に黄色の星章のこのタイプは、戦争末期の綿製略帽にも使用されているのを記録映像で確認できます。(現物は見たことがありません)






鉄帽覆い・側面の様子です。

この鉄帽覆いは初期型で、昭和17年あたりからは縁が擦れないよう、補強布が追加されたモデルへと更新されていきます。






鉄帽覆い・背面の様子です。

この鉄帽覆いは実物生地を使用して作られた中田商店製の複製品で、新発売された当時に購入した物です。

長年使用しているため、表面の染みが目立ちますね。






鉄帽覆いは鉄帽に被せたあと、紐で絞って固定します。

鉄帽覆いはサイズに余裕があり、きちんと紐で締めることができました。






鉄帽覆いに擬装網を装着した状態です。

鉄帽自体の迷彩効果は、この擬装網に草木をくくりつける事で対応します。






自然の草木による擬装は、ある程度の時間とセンスが要求されるので、あまりサバゲー向きではありませんが、上手く擬装できれば日本陸軍得意の近接戦闘に持ち込むまで、敵に気付かれるのを防けます。






これまで、数は多くないものの諸外国のスチール・ヘルメットを被ってきた経験から言っても、一番しっくり来ます。

さすがは「日本人の日本人による日本人のための設計」だと感心しています。






同時代の米軍のM1ヘルメットやソ連軍のSSh40と比べて小ぶりで、長時間被っていても頭の座りがいいというか、非常に安定していて、激しい動きをしても首が持っていかれないのがすばらしいです。(自衛隊の66式鉄帽とは雲泥の差…)






収集家・研究家の方々には得るものの少ないレストア品ですが、私のようにサバゲーで使いつぶすつもりの人間には最適なアイテムじゃないでしょうか。

錆びて朽ち果てるに任せるよりは、形あるうちに手を加えて再利用するという考え、私は嫌いじゃないです。




  

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2017年08月12日

日本陸軍 戦闘帽・後期型&帽垂 (中田商店製・複製品)







日本陸軍の下士官兵用戦闘帽です。
本品は中商店製の複製品に、同じく中田商店製の帽垂を取り付けた物です。






帽体は絨製(ウール)で、中央に黄色の星章が縫い付けられています。
顎紐は茶色の革製です。
かつて中田商店で初期カーキ色の戦闘帽が9,800円で売られていた頃、大戦時の生地を使って作られた本品が7,000円で新発売された際に即購入した物なので、相当使い込んでいます。






帽垂はコハゼという専用の金具で、戦闘帽のかがり糸に引っ掛けて取り付けますが、外れやすいので私は縫い付けています。






内張りは白色綿製で、周囲の汗止めは茶革製です。
実物だと内張りは目の粗い麻製で、仮縫いしてあるだけで取り外して手入れが出来ますが、本品では完全に縫い付けられており、分解はできません。(もっぱらファブリーズやリセッシュのお世話になっておりますw)






戦闘帽、のちに略帽と呼ばれるようになるこの帽子と帽垂を組み合わせた姿は、世界基準で「日本兵」のイメージになっています。






日本陸軍の戦闘帽は、基本的に夏でも冬でも絨製(ウール)で、戦争の末期に鉄帽覆いの生地を流用した綿製や、その他代用素材の物が登場したようですが、末期の事ゆえ、それほど普及はしませんでした。






帽垂のコハゼを挿し込むかがり糸は、もともと戦闘帽に設けてあるようです。
この複製品でも再現されていましたが、コハゼの形状が真鍮製で引っかかりの浅い物だったため、簡単に外れてしまい、結局縫い付ける事にしました。






後ろから見ると、帽垂の構造が良く分ります。
四分割された垂布は程よく肩にかかる程度の長さで、日光を遮りつつ行動の邪魔にならない最適な造りだと感じます。




  

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2017年08月05日

日本陸軍 防暑襦袢袴 (中田商店製・複製品)







日本陸軍の防暑襦袢です。
第二次世界大戦当時、主に南方戦線の兵士向けに製造・支給されました。
対になる防暑衣の中着として着用する物ですが、襦袢のみでも多用されました。






本品は中田商店製の複製品です。
色味や質感、形状とも実物を良く再現してあります。






内装はシンプルそのもの。
本来が下着用途ということもあり、余計な装飾は一切ありません。






襟周りは夏衣と同じ素材で出来ています。
開襟着用の際の見栄えや、強度を考えての事と思われます。






防暑襦袢という事で、開襟着用を前提としたデザインとなっています。






ただし、第1ボタンは付いており、折襟状態にすることは出来ます。






防暑目的を強く感じさせる構造として、脇下に開口部があり、ボタンで開け閉めできるようになっています。






ボタンを空けると、風通しが良くなります。






こちらは防暑袴下です。
軍袴同様、ウエストは腰紐式です。
通常の襦袢のような足首を締める紐はありません。






形状はストレートズボンタイプです。
中田商店の複製品は、実物と比べ生地が厚手で丈夫に出来ています。






前あわせはボタン留めです。
木製ボタンが使われていますが、一番上の大きいボタンのみ、プラスチック製です。
ここは複製品ならではですね。






元来が下着のようなものなので、普通のズボンのようなスリットポケットはありません。






一方、尻側には貼り付けポケットが2箇所設けられています。






防暑襦袢袴を着用した、日本陸軍歩兵です。
日本の戦争映画に登場する南方の日本兵は、もっぱらこの格好ですね。






背面から見たところ。
背中に鉄帽を縛着しています。






防暑襦袢姿での、膝射姿勢です。
画像では軍袴は履かず、防暑袴下のみで着用しています。






防暑襦袢姿での、伏射姿勢です。
鉄帽の擬装は、ホームセンターで売っていた造花を使ってみました。
写真では良い感じですが、サバゲーフィールドの植生に比べて明るい色なので、あまり効果は無かったようです…w






こちらは、サバイバルゲームでの火力強化の為、鹵獲トンプソン銃を装備した「遊撃隊・自動小銃班」装備です。
たった一人の日本兵ゲーマーとして、マルチカム相手に火力戦を挑む日々です。






戦時中の例にならって、袴下の上から短袴を重ね着していますが、中田商店製の袴下は実物より厚手で丈夫なので、ここまで厚着しなくてもいい感じです。




  

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2017年07月29日

日本陸軍 巻脚絆 (実物)






日本陸軍の巻脚絆(ゲートル)です。
日本軍コスプレにおいては、欠くことのできない必需品です。






本品は軍用実物で、タグ類はありませんが、おそらく昭和19年製のデッドストック品だと思われます。
素材は絨製(ウール)で、第二次世界大戦時に多く見られた草色がかったカーキ色、通称して国防色と呼ばれた色調の物です。






【巻脚絆の巻き方①】

せっかくなので、巻脚絆の巻き方解説を。
まず、1巻きします。






【巻脚絆の巻き方②】

更に2巻きします。






【巻脚絆の巻き方③】

次に3巻き目で折り返します。






【巻脚絆の巻き方④】

4巻き目も折り返します。






【巻脚絆の巻き方⑤】

あとはそのまま、膝下までぐるぐる巻いていきます。
このとき、適度に力加減をして、解けない程度に締めつけながら巻きます。
(あまり強く締め付けるとふくらはぎがうっ血して痛くなるので程ほどに)






【巻脚絆の巻き方⑥】

巻ききった状態です。






【巻脚絆の巻き方⑦】

次に、締め紐を1周させます。






【巻脚絆の巻き方⑧】

それから斜め下にむけて紐を締めていきます。






【巻脚絆の巻き方⑨】

足首で1周させて、バッテンの形に紐を締め上げます。






【巻脚絆の巻き方⑩】

バッテンの形に締め上げたら、膝下で残りの紐をぐるぐる巻きにします。






【巻脚絆の巻き方⑪】

ちょうど、ふくらはぎ側面の位置で紐の端末を巻き留めます。






【巻脚絆の巻き方⑫】

紐の端末処理はいくつか方法があるようですが、私は画像のような感じで纏めています。






これで、格好良い日本兵の足回りが完成します。
綺麗に締められれば、一日中ゲームをしても平気ですが、ちょっと巻きが緩かったりするとゲーム途中でずり落ちてきてしまい、最後にはほどけてしまいます。
力加減が重要ですね。






【巻脚絆の纏め方①】

巻いた後は解かなければなりません。
解いた後の丸め方を解説します。
まず、締め紐を手のひらの4本指に巻いていきます。






【巻脚絆の纏め方②】

このとき、若干指を開き気味にしておくのがポイントです。






【巻脚絆の纏め方③】

ぐるぐる巻ききったら、指から外します。
開き気味の指を閉じるとスポッと抜き取れます。






【巻脚絆の纏め方④】

まとめた締め紐の中心を残りの締め紐ごと、脚絆で巻いていきます。
画像の方向、つまり裏面を上にして巻いていくのがポイントです。






【巻脚絆の纏め方⑤】

あとはくるくると巻いていくだけです。






【巻脚絆の纏め方⑥】

巻き終わりました。
残り一方の脚絆も、同様に巻いていきます。
以上の巻き方・纏め方は、子供の頃、親類の元海軍陸戦隊のおじさんに聞き習った方法なので、間違いはないと思います。
参考までに。




  

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2017年07月22日

日本陸軍 夏襦袢&冬襦袢 (中田商店製・複製品)






日本陸軍の下士官兵用襦袢(下着)です。
画像は中田商店製の複製品です。

中田商店では、綿製の夏襦袢と、フランネル素材の冬襦袢の2種類、更にそれぞれ白綿製と国防色のカラーバリエーションが販売されていました。






本品は夏襦袢です。

薄手の綿製で、色は国防色(カーキ)の製品です。






袖はボタン留め式です。

袖に限らず、使われているボタンは全て、かなり小ぶりな樹脂製で、青みがかった緑色です。






襟は現在はマオカラーと呼ばれる、襟なしタイプです。






こちらは冬襦袢です。

夏襦袢同様、綿製ですが、夏用よりも生地が厚めで、内側がふわっとしたネル製なのが大きな違いです。






色は夏襦袢同様、国防色のものを購入しました。

というより、他の中田商店製品同様、在庫の有る時と無い時のタイミングの差で、白襦袢が買えなかったというのも理由です。






冬襦袢も襟無し型です。

このデザインの為に、軍衣に汗対策の襟布が取り付けられていたのだなー、と納得しました。






冬襦袢の袖です。

昔聞いた話では、夏冬どちらの襦袢もですが、官給品の襦袢は袖が短めなのが特徴だそうです。

その為、戦場写真等で軍衣の袖からシャツの袖が見えているものは、私物購入した民生品なのだそうです。






写真だとわかりづらいですが、裏側は薄手ながら暖かそうなふわりとしたネル素材で出来ています。






襦袢の着用状況です。

通常は軍衣の下に隠れて見えない装備ですが、休憩中にはこんな感じです。

襟なしシャツのレトロな感じが私は好きです。






更に軽装になると、こんな訳のわからない装備になる事も…w




  

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2017年07月15日

日本陸軍 防暑衣 (実物)







日本陸軍の防暑衣です。
南方戦線向けに製造され、太平洋戦争中期頃から普及しだした装備品です。






九八式軍衣のデザインをベースに、各部に防暑向けの改修がなされています。






襟は開襟での着用を前提とした裁断になっています。






一応、第一ボタンは設けてあり、折襟状態でも着用できます。
ただし夏衣のような襟ホックはありません。






内装は夏衣同様、内張りは一切無く、防暑効果を考え通気性を考慮してあります。






タグを見ると、昭和19年製でサイズは中号とわかります。






軍衣の裏側には、夏衣同様に包帯包を収納する為の物入れがあります。






脇には通気口がある他、防暑衣独自のデザインとして脇下に開口部が設けられています。
通常は画像のようにボタン留めの蓋で閉じられます。






酷暑時には蓋を空け、風通しを良くすることが出来ます。






開口時には蓋をボタン留めしておくことが出来ます。
機能的で面白いデザインだと思います。






防暑衣の着装状況・正面。
防暑衣着用時には、中着に防暑襦袢を用い、襦袢の襟を外に出します。
私はこの着用方法と姿が非常に好みで、サバイバルゲームでも多用する軍装のひとつです。






防暑衣の着装状況・背面。
背中側からみると、通常の夏衣と印象の差は殆どありません。
本来、防暑衣には対になる防暑半袴(半ズボン)を合わせますが、私は使い易さ優先で三式夏袴を使っています。






防暑衣の最大の特徴である脇下開口部です。
中着の防暑襦袢にも開口機能があり、合わせて通気性の向上に役立っています。




  

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2017年07月08日

日本陸軍 三十年式弾薬盒 (中田商店製・複製品)







日本陸軍の三十年式弾薬盒です。
本品は中田商店製の複製品です。






三十年式弾薬盒は、三十年式小銃用に作られた物ですが、三八式歩兵銃でも引き続き同型の物が使われ続け、九九式小銃に更新された後も一部使用されています。
画像は前盒(ぜんごう)です。






前盒は身体正面に2個装備します。
側面から見ると、収納する弾薬のテーパーに合わせてクサビ状に出来ています。






前盒の蓋を開けたところです。
仕切りひとつ当たり、6.5㎜小銃弾の5連クリップが3個入ります。
よって、前盒1個につき30発の弾薬を携行します。






中田商店の複製品は製造時期によって、同じ商品でも出来不出来が激しい場合があります。
この弾薬盒はどちらかというと残念仕様で、素材の革が薄く、油脂が少ないようで、長く使っているうちに底の部分が変形してきています。






こちらは後盒(こうごう)です。
背中側に1個を装備します。






後盒は、前盒の弾薬の補充用の予備弾薬を携行するためのものです。






蓋を開けたところです。
仕切り1個当たり、5連クリップを3個まとめた紙箱を2個収納します。
よって、後盒1個で弾薬60発を携行します。






後盒の底には穴があけてあり、ここから弾薬紙箱を指で押し出します。






後盒の側面には小銃手入れ用油缶が収納してあります。






この後盒も中田商店製では残念仕様の時期の製造品のため、蓋部分が薄すぎてヘロヘロしています。






日本陸軍の下士官兵用帯革(装備ベルト)です。
帯革は、「たいかく」とも「かくたい」とも呼ばれます。






私は最初に帯革のみ単体で購入し、その後ずいぶん経ってから弾薬盒セットを購入しました。
画像の物は単体で購入した物で、素材の良かった頃の中田商店製なので、革に厚みがあり、牛脂も多く良い素材を使っています。






金具は真鍮製です。
実物と比べても、かなり忠実な造りです。
違うのはベルトの穴に挿し込む棒状の部分が、若干湾曲しすぎている位でしょうか。






三十年式銃剣と剣吊りです。
剣吊りは弾薬盒セットにも付属していますが、画像ではミリタリーショップ「兵舎」で販売されていた物を購入・使用しています。
中田商店製に比べて、2倍位、厚みがあります。






現在では、個人製作のヤフオク!出品や、海外製でもクオリティの高い複製品等、選択肢が増えてありがたい限りですが、私は当面、このアイテムを使ってがんばろうと思います。




  

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2017年07月01日

日本の兵隊さん ~ 日本陸軍 九八式軍衣&三式軍衣袴 (実物)







日本陸軍が第二次世界大戦で使用した軍服は大別して「九八式」と「三式」の二種類があります。

また、季節や配属地に合わせて、綿製の「夏衣」と、絨製(ウール)の「冬衣」の二種類があります。

画像の軍服は「九八式夏衣」です。






夏衣の綿生地はゴワゴワした質感で、かなり硬い印象です。






九八式軍衣と三式軍衣は殆ど同型なので、外見上で区別するのは難しいです。

なので、もっぱら被服内側のタグで判別することになります。

画像の軍服は昭和16年製の九八式夏衣で、サイズは6号だとわかります。






実際に着用したところです。

九八式軍衣はサイズが1号~6号まであり、この個体は最小サイズという事になります。

思えば、私が初めて購入した本物の日本軍服でした。

写真は10数年前の物ですが、現在ではウエストサイズの都合から、もう着用は不可能でしょうね…w






こちらは現在サバゲーで絶賛活躍中の「三式夏衣」です。






色はいわゆるカーキ色ですが、米軍のM1936装備や英軍のP37装備と比べると、色味は灰色がかった草色といいましょうか、日本陸軍独特の「国防色」です。(模型だと、タミヤカラーの「カーキ」がぴったりな色味だったりします)






日本陸軍の軍服は、九八式やそれ以前の物も含めて、銃剣吊りを定位置に固定する為の留め具が縫い付けられています。

この留め具のおかげで、装備ベルトの位置決めがはっきりするので、装備の着こなしがカッチリでき、私は好きな仕様です。






軍服の内装です。

夏服のため、内張りの類は一切無く、通気性を考慮してあります。








内側には物入れ(ポケット)があり、包帯包を収納します。






タグを見ると、昭和19年製の三式夏衣で、サイズは大号だとわかります。

三式は生産性向上のため、サイズが大・中・小の三種類に省略されました。






襟には、汗対策の襟布が縫い付けられています。

この襟布は大戦時の日本陸軍軍服の特徴でもあり、使用時は山形縫いをしておき、洗濯時にはいちいち取り外し、また縫い直す必要があります。

大戦当時には国防色の襟布が基本ですが、私の好みであえて白色襟布を使っています。






また、脇には開口部があり、通気性を高めてあります。

この構造は、戦後の陸上自衛隊のOD作業服や、現用の迷彩服3型にも受け継がれています。






三式夏袴です。

軍袴(ズボン)は、昭五式軍衣までは長袴(ストレートズボン)でしたが、九八式軍衣からは短袴(乗馬ズボン)に変更されました。






短袴は夏用襦袢や防暑衣とも組み合わせて着用する為、帝国陸軍コスをするには必須の装備と言えます。






デザインは乗馬ズボンタイプで、巻脚絆(ゲートル)を巻いた際に、動きやすく見栄えが良いのですが、単体で着用したままだとなかなかに不恰好なスタイルになってしまいます。

その為、当時の兵隊は外出時には巻脚絆の着用が義務付けられていて、結構面倒くさかったようです。






前合わせはボタン式です。

ボタンは木製です。






内装、物入れ部分にタグが押印してあり、昭和19年製の三式夏衣、サイズは中号です。






ウエストは元々縫い付けられている腰紐で縛ります。

紐なので基本フリーサイズで、締め具合で調整します。

日本陸軍では基本的に紐類は片蝶結びで、端末はくるくる巻く等して、ぶらぶらさせないと聞いた事があります。






夏袴には左右に物入れ(ポケット)があります。

米軍のような尻ポケットはありません。

通常はハンカチやお菓子等、小物類を収納するのに使っていたようですが、戦闘時には手榴弾の収納にも利用されました。






夏袴の裾には紐があり、足首でしっかり固定するように出来ています。






三式夏衣の着装状況です。

世間一般における「カーキ色の日本兵」のイメージは、こんな感じじゃないでしょうか。






歩哨に立つ陸軍歩兵です。

足は地下足袋を履いています。

足音が目立たず、動きやすい為、民間から買い上げられた物が戦場でも愛用されていました。






「桜と兵隊」

日本兵に桜は良く似合う…と思ふ。






敵情を視察する様子。

着剣した三八式歩兵銃の長さが目立ちます。






被甲嚢を胸元に配置した、戦闘状況の装備例です。

サバイバルゲームでは三八式歩兵銃の長さがネックでもあり、魅力でもあります。




  

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2017年06月24日

アメリカ海兵隊 レギンス (複製品)







第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊のレギンスです。
本品はアメリカ製の精巧複製品です。






実物と比べると素材は柔らかめながら、色や質感は良く再現されています。






複製品なので外見も綺麗です。
なお、サイズ表記は陸軍とは異なる規格です。






海兵隊のレギンスの特徴として、陸軍の物より鳩目の数が少ない点があげられます。
脱着は明らかに海兵隊の物の方が楽です。






鳩目にフックを引っ掛けた装着状態だとこんな感じになります。






海兵隊レギンスのサイズ表記は陸軍と違い、数字が大きくなるにつれてサイズが小さくなるようです。
私が購入した海兵隊レギンスのレプリカは最小サイズの「5」ですが、それでも自分には大きすぎ、着装してもずり落ちてきてしまう為、現在のところ陸軍のM38レギンスで代用しています。
日本人の平均サイズは「6」辺りのようですが、レプリカは製造されていないそうです。






左が陸軍、右が海兵隊のレギンスです。
丈はほぼ同じながら、紐を引っ掛けるフックの数が大違いです。






左が陸軍、右が海兵隊のレギンスです。
見ての通り、フック以外はほぼ差異はありません。




  

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2017年06月17日

アメリカ海兵隊 ストレートサスペンダー (実物放出品&複製品)







アメリカ海兵隊が第二次世界大戦当時に使用していたサスペンダーです。
本品はアメリカ製の精巧複製品です。






1本のサスペンダーで三箇所、合計6箇所を金具で固定して使用します。






身体前部に当たる方向の金具は弾帯の鳩目に引っ掛けるだけの単純な作りです。






一方、背中側の金具はスプリング式でしっかり固定できます。






そもそもは海兵隊用リュックサックを構成するハーネスの1部品ですが、2本を単体で使用する事でサスペンダーとして使えます。
特に太平洋戦線では重装備は敬遠されましたから、もっぱらサスペンダーのみでの使用例が多く見られます。






こちらは第二次世界大戦後に製造されたODカラーモデルです。
デザイン・構造とも変化無く、染色のみ濃緑色に変更されています。






このODタイプはベトナム戦争初期の使用例が多く確認できます。
戦後と言えばまず朝鮮戦争が思い浮かびますが、米海兵隊では朝鮮戦争時にもいまだカーキ色の装備品を多く使用しており、足回りも依然レギンスを履いていました。






画像には映っていませんが、ベトナム戦争では、細いサスペンダーが肩に食い込むのを防ぐ為、専用のパッドを取り付けた運用例も多く見られます。




  

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2017年06月10日

アメリカ海兵隊 ダックハンター迷彩装備 (太平洋戦線)







P1942ダックハンター迷彩服を着用したアメリカ海兵隊員です。
この迷彩服は1943年7月のニュージョージア上陸作戦を皮切りに支給が始まりました。






画像はトンプソンM1928短機関銃を装備した兵士です。
そもそも私が同迷彩服に興味をそそられたのは、映画「ウインド・トーカーズ」冒頭のニコラス・ケイジのドラムマガジン仕様トンプソンの連射と迷彩服の着こなしからで、なるべくその再現になるよう着装しております。






迷彩服の採用当初は狙撃兵やレイダース大隊等、一部の精鋭部隊のみに支給された迷彩服ですが、順次支給範囲が拡大されていき、1944年時点で全海兵隊員が支給対象になりました。
この装備例は1943年後半の、まだ一部支給に留まっていた時期を想定しています。






ドラムマガジンポーチはストラップによるたすきがけの他、画像のようにストラップを取り外して、ベルトループを使ってピストルベルトへ直接装着も出来ました。






トンプソンM1928短機関銃ドラムマガジン仕様の装備一式です。
ストレートサスペンダーを使用できるため、ドラムマガジンポーチのストラップはあらかじめ取り外してあります。






裏から見るとわかりますが、ジャングルファーストエイドポーチはベルトループで装着しています。
これは、付属のダブルフックワイヤーでは鳩目の位置が違い、ピストルベルトに吊るせない為です。ちなみにカートリッジベルトにはきちんと吊るせます。
要するに、カートリッジベルトとピストルベルトでは鳩目孔の位置が微妙に違うと言う訳です。






M1ガーランドを装備した、一般的な海兵隊員装備です。
迷彩服はリバーシブルですが、緑系迷彩柄を表面にして着用しています。






装備例はM1ガーランドに更新完了し、本格的な島嶼上陸作戦で経験を積んでいる最中の1943年後半の想定です。






全身を迷彩に包んだ海兵隊員は単純に格好いいです。
カーキ色の装備品も、ダックハンター迷彩柄によく溶け込んでいます。






アメリカ陸軍では1943年頃から装備品に濃緑色の物が採用され始めますが、海兵隊では第二次世界大戦全期間を通してカーキ色装備を使い続けました。
それどころか、1950年の朝鮮戦争の開戦時点でも、大戦当時のままの軍装で戦っています。






トンプソンM1A1短機関銃を装備した海兵隊員です。
1944年には迷彩服も全海兵隊員に普及を完了した頃ですが、この時期になると着こなしにもアレンジが加わり、画像のように上着のみ迷彩服を着用し、ズボンは通常のP1941HBTトラウザースという兵士も多く見られます。





伏射や膝射等、隠れながらの戦闘では迷彩服は上着とヘルメット・カバーのみで充分、ということなのか、損耗の激しいズボンを履き潰してそのままになったものか、理由はわかりませんが上下で色違いという着こなしも実戦的で面白いです。






地上戦闘に移行し、索敵中の海兵隊員です。
トンプソン・サブマシンガンはジャングルでの不意の遭遇戦で威力を発揮したと言う話の一方で、日本軍の軽機関銃に音が似ている為、使用を控えていたと言う相反する話を耳にしますが、実際どうなんでしょうね?






緑系のダックハンター迷彩は、サバイバルゲームで使ってみた限りでは、緑の多い草原地帯ではなかなか効果的な迷彩柄だと思います。
一方で、動くとOD単色より余計に目立つと言う説も、実体験としてわかる気がします。






M3A1グリースガンを装備した海兵隊員です。
迷彩服、ヘルメット・カバー共に裏面の茶系迷彩柄を表にして着用しています。






装備は1945年中頃の沖縄戦を想定した物です。
当時のカラー映像でも、茶系迷彩の使用が確認できます。
一説には戦線が日本本土に近づくにつれて、迷彩も緑系から茶系へと切り替えられていったという話です。
確かに、南方の密林地帯から、火山灰の積もる硫黄島、民家の多い都市部の沖縄戦線へと転戦していく内に適応する迷彩柄がかわっていったのだろうと納得できます。






M3A1グリースガンを持って周辺を警戒中の海兵隊員です。
背景が緑だと茶系の迷彩は浮いてしまっています。






手にしているM3A1グリースガンは第二次世界大戦当時の銃器としてはかなりコンパクトで、取り回しのよさはドイツ軍のMP40以上だと思います。
電動ガンの話をすると、フルメタルで重いので、コンパクトとはいえ、使っているうちにしんどくなってくるのがちょっと辛いところです。






トンプソン・サブマシンガン用マガジンポーチを流用していますが、マガジンチェンジはむしろ楽にこなせます。(このグリースガンの装弾数は400発近くあるので、サバイバルゲームでは1本あれば充分ですけどねw)




  

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2017年06月03日

アメリカ海兵隊 P1942 ダックハンター迷彩ユーティリティ (ATF製・複製品)







アメリカ海兵隊が第二次世界大戦時に使用していた「P1942迷彩ユーティリティコート&トラウザース」です。
本品はアメリカATF社の複製品です。






デザインはP1941HBTユーティリティコートと基本的に同一ですが、両面迷彩のリバーシブル生地となっています。






また、着替えを容易にする為か、ドーナツボタンにかえてドットボタンが使われています。






表面はダックハンター柄の、緑系迷彩です。
P1941HBTと比べての違いとして、ユーティリティコートの腰ポケットは片側のみになっており、簡易ながらボタンとボタンホールが追加されています。






ポケットにはプリーツは設けられておらず、容量は少ないです。






胸ポケットには「USMC」のスタンプが押印されています。






前あわせ部分のボタン位置はちょっと特徴的で、布地の余白部分が多くしてあります。
その為もあって襟元のボタン留めが2箇所設定されているのでしょう。






襟は折襟・開襟どちらにも出来ます。
画像は折襟の状態です。






第1ボタンに当たる位置には2箇所のドットボタンがあり、しっかり閉じる事が出来ます。






両面リバーシブルの為、開襟状態では襟元に裏面の迷彩柄が見えます。






袖は単純な筒袖で、P1941HBTユーティリティのようなボタンやボタンホールは全くありません。






ズボンはシンプルなストレートタイプです。






デザインは基本的にP1941HBTユーティリティと同型ですが、リバーシブルの為か、ポケットが片側のみとなっています。






P1941HBTユーティリティと比べると、黒塗りのドットボタンが特徴的です。
迷彩柄は、この画像が一番自然な色調が写せていると思います。






ドットボタンははじめは硬いですが、付け外しを繰り返すうちに扱いやすくなってきます。
ただ、破損すると修理が難しい点はボタン式に比べて不利ですね。






尻ポケットも片側のみになっています。






表面迷彩柄の着用状況・正面。
戦場への投入は1943年中ごろからで、当初は海兵隊の中でも精鋭とされるレイダーズ大隊と、狙撃兵への限定採用でした。






表面迷彩柄の着用状況・背面。
ただ、陸軍のリバーシブル迷彩生地が大量に余剰したため、海兵隊での拡大採用が進み、結局1944年には全ての海兵隊員が支給対象となりました。






P1942ダックハンター柄の裏面は茶系迷彩です。






裁断は表面側をそのままひっくり返した状態で、縫い目が露出したような形になります。






ドットボタンも裏面で、ボタン位置も前合わせに対してオフセット気味の位置になります。
あくまで、表面柄の緑系迷彩が着用する上での基本設定のようです。






表裏の迷彩の色は、かなりはっきりとした差が見て取れます。






裏側にも胸ポケットがあり、「USMC」のスタンプの押印がされています。
この画像の色調が、一番よく映っていると思われます。






表面同様、腰ポケットも片側のみです。






折襟状態の襟元の様子です。






開襟状態だと、緑系迷彩がチラ見えします。






茶系迷彩のズボンです。






やはり、尻ポケットが片側のみ付いています。






前合わせはそっくりそのままひっくり返した状態なので、開け閉めはしずらいです。
ベルトループはしっかり設けてあるのでベルトもしっかり使えます。






尻ポケットは貼り付け式です。
裏面のポケットの縫い目が透けて見えます。






裏面迷彩の着用状況・正面。
ダックハンター迷彩柄は、フロッグスキン迷彩とも言われ、アンブッシュ時の迷彩効果は相応に高く評価されていますが、一方で移動時には単色よりもかえって目立つという問題点も指摘されています。
当初、狙撃兵向けの限定採用とされたのもその為でしょうか。






裏面迷彩の着用状況・背面。
裏面である茶系迷彩は、秋季迷彩とも、上陸作戦時専用とも言われています。
戦争全般を通してみると、戦争初期の島嶼戦闘では緑系が使われ、戦場が日本本土に近づくにつれて徐々に茶系迷彩が使われる比率が増えていったようです。




  

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2017年05月27日

アメリカ海兵隊 ダックハンター迷彩ヘルメットカバー (複製品)







第二次世界大戦当時、アメリカ海兵隊のトレードマークとなった、ダックハンター迷彩ヘルメットカバーです。
本品はアメリカ製で、擬装スリットの無い一番最初に支給されたタイプの複製品です。






ダックハンター迷彩は、フロッグスキン迷彩とも言われる迷彩柄で、元々はアメリカの民間狩猟用品で、それを参考に軍用に開発された迷彩パターンだと聞いた事があります。






P1942迷彩服と同時に採用された迷彩ヘルメットカバーですが、1943年ごろから普及し始め、以後は海兵隊員のトレードマークとして愛用されました。






海兵隊ヘルメットカバーは大別すると3パターンあり、ファーストパターンは単純にリバーシブル迷彩生地で作られた物、セカンドパターンは擬装用に草木を挿し込むスリットが設けられたもの、そしてサードパターンはモスキートネットと擬装用布地が追加され、迷彩もグリーン系のみでリバーシブルでなくなった物になります。
特にサードパターンはスナイパーヘルメットカバーとも呼ばれ、主に第2レイダーズ大隊で好んで使用されたそうです。









ヘルメットカバーの表面となる、緑系迷彩柄での着装状況です。
この迷彩柄は、主に春夏季用といわれています。
また、上陸作戦時には茶系にしておき、上陸後の内陸での戦闘に移行してからは緑系に切り替えるとも聞いた事があります。









ヘルメットカバーの裏面となる、茶系迷彩柄での着装状況です。
この迷彩柄は、主に秋冬季用といわれています。
ひとつの流れとして、東部ニューギニア戦線末期に登場して以降、タラワ・ペリリュー戦では緑系が使用されていたものが、日本本土に近づくにつれて茶系迷彩の使用率が上がっていったと聞いています。
確かに、沖縄戦のカラー映像等では、茶系と思われる迷彩柄が目につきます。




  

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2017年05月20日

アメリカ陸軍 M1タイプ・プラ製ヘルメット (エスアンドグラフ・複製品)







アメリカ軍・M1ヘルメットのゲーム用プラ製レプリカ品です。
本品はエス&グラフで購入した物です。






本製品の特徴は、実物のような二重構造ではなく、内装部分がリング状のパーツになっている点です。
このパーツは全体を引っ張ると取り外せます。
ヘルメットカバーを使用する際は、カバーを被せたあとにこの内装を押し込んで固定します。
二重構造の再現性という点でのリアルさには欠けますが、実用性は高いです。






全体像だとこんな感じになります。
第二次世界大戦モデルにするため、ダミーのライナー用チンストラップが紐で留められています。






M1プラ・ヘルメットを真上から見たところです。
外形は良く再現されていると思います。
色はプラそのものの色で、塗装はされていません。
そのため、よくみるとヒケや金型の跡が見えますが、全体が梨地処理されている為、離れてみれば案外目立ちません。






本来の商品に付属していたチンストラップはM1956装備の頃のOD色で金具で噛ませて固定するタイプでしたが、第二次世界大戦当時のモデルを再現するため、サムズミリタリ屋で購入した大戦型カーキ色タイプに付け替えています。






ヘルメットへの装着も、大戦当時のように縫い付け式です。
といっても実物のような機械織りではなく、自分で手縫いしました。






擬装網が付属していたので被せてみました。
素の状態と比べるとだいぶ印象がよくなります。
擬装網は米軍特有の目の細かい物を再現してあります。
この擬装網は、草木を差し込む為よりも、光りの反射を抑えてヘルメットを目立たなくする為の物のように思えます。






M1ヘルメットと擬装網の組み合わせは、第二次世界大戦中、ヨーロッパ戦線でよく見られます。
逆に太平洋戦線ではあまり見かけません。






M1プラ・ヘルメット着用状況です。
プラの質感そのままですが、梨地仕上げなので案外雰囲気は出ています。






擬装網やヘルメットカバーを使わない場合、チンストラップの固定金具がちょっと目立ちますね。






私はアメリカ陸軍装備の際には、チンストラップは後ろに回して留めています。
ヘルメット自体が軽いため、この状態でも帽子のように扱えます。






このような状態にするには、チンストラップを最大まで伸ばしてやる必要があります。
この着こなしも、アメリカ兵らしさのひとつですね。




  

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2017年05月13日

アメリカ海兵隊 WW2装備 (太平洋戦線)







第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊装備です。
立射姿勢で構えているのはトンプソンM1928短機関銃で、ドラムマガジンを装備しています。






アメリカ海兵隊は陸軍に先駆けてサブマシンガンを導入した経緯があり、第二次世界大戦でもトンプソンSMGの他にもレイジングSMG等の各種サブマシンガンを活用しています。






画像は1942年ガダルカナル島での戦いにおける海兵隊員の装備例です。
対日開戦当初は海兵隊のトレードマークである迷彩ヘルメット・カバーはまだ使用されていません。
(迷彩ヘルメット・カバーは、1943年後半から一般化したようです)






装備は上陸戦闘が一段落したあとの残敵掃討戦に向けて、通常の小銃兵が独自ルートで借りてきたサブマシンガンで臨時に武装した状態を想定している為、腰にはカートリッジベルトのみ、トンプソンSMG用ドラムマガジンをたすきがけにしただけの軽装備です。






このトンプソンM1928短機関銃はフォアグリップが握りやすいピストルグリップタイプですが、実際に軍に制式採用された物の大半はトンプソンM1A1のようなストレートタイプのフォアストック仕様でした。






私はごく個人的な好みと取り回しのし易さ、そして映画「ウインドトーカーズ」冒頭の活躍ぶりから、あえてピストルグリップタイプを入手しました。
ピストルグリップとドラムマガジン仕様のトンプソン・サブマシンガンは、どちらかというとイギリス陸軍での運用例の方が思い出されますね。






こちらは一般的な海兵隊小銃兵の装備例です。
ダックハンター迷彩ヘルメット・カバーが支給され、銃もスプリングフィールドM1903からM1ガーランド自動小銃へと更新完了した1943年後半のタラワ・ペリリュー攻略戦の頃の装備になります。






カートリッジベルトは海兵隊独自装備のストレートサスペンダーで吊っています。
腰にはM1905E1バヨネットをM7シースに収めています。






M1ガーランド・膝射姿勢です。
海兵隊では一般的にレギンスの上からズボンを履いて、レギンスの中に水が溜まらないようにしていました。






迷彩ヘルメット・カバーはリバーシブルで、画像では緑系迷彩柄を表にしています。






M1ガーランド用装備一式です。
上陸作戦時はともかく、上陸後の陸上戦闘では背嚢は背負わず、身体に負担にならないよう、なるべく軽装で済ます事が多かったようです。






裏から見るとより分りやすいですが、第二次世界大戦当時のアメリカ軍では装備の取り付けはダブルフックワイヤーで「引っ掛けて吊る」方式が多用されていました。






トンプソンM1A1短機関銃を装備した海兵隊員です。
腰にはKA-BAR(ケー・バー)ナイフと、護身用にコルトM1911A1をホルスターに収納して装備しています。






M1936ピストルベルトにはトンプソン30連マガジンを3本収納する専用ポーチ、ジャングルファーストエイドポーチ、キャンティーンを装備しています。






敵兵を発見し、掃射している様子です。
中身入りのホルスターやキャンティーン、ナイフ等重量物も多いですが、ストレートサスペンダーのおかげでバランスよく装備できています。






もっとも、このストレートサスペンダーは板紐の両端に金具が付いただけの単純な構造なので、1日中ゲームをしていると、段々と肩に食い込んできて結構辛いです…w






トンプソンM1A1用装備一式です。
ダブルフックワイヤーは取り付けられる位置が限定されてしまうので、装備品が多いとどこに何を装着するかをよく考えながら組み立てなければならず、悩ましいところです。






裏から見てみると、マガジンポーチがだいぶ面積を取っているのがわかります。
この装備の中では、マガジンポーチとナイフ・シースは単にループにベルトを通す方式なので、多少取り付け位置の融通がつけ易いです。






M3A1短機関銃、通称「グリースガン」を装備した海兵隊員です。
装備は1945年中頃の沖縄戦線を想定しています。






迷彩ヘルメット・カバーは茶系迷彩柄を表にしています。
また、本来ヘルメットの内側に折りこむタブ部分のうち、後ろ側だけ外に出して、日除けとして利用しています。
当時の戦場写真でも良く見られるアレンジです。






M3グリースガンは専用のマガジンポーチが第二次世界大戦中には支給されなかったらしく、画像ではトンプソン・サブマシンガン用マガジンポーチを流用しています。
トンプソン・サブマシンガンとM3グリースガンは同じ45口径11.4㎜拳銃弾を使用しますが、マガジンの長さが違う為グリースガンのマガジンを挿入するとポーチの蓋が閉まらなくなります。






ピストルベルトにはキャンティーンを2個取り付けてあります。
水筒を複数装備するのは南太平洋戦線では陸軍・海兵隊を問わず、良く見られる運用です。






M3A1グリースガンは、M3短機関銃の不具合を改修した改良版で、1944年12月頃に採用・支給が始まりました。
戦争末期の装備品ですが、1945年中頃の沖縄戦には充分間に合ったはずです。






M3グリースガンはプレスフレームと伸縮式ストック等、トンプソン・サブマシンガンと比べてより新しく、機能的に作られています。
画像のM3A1グリースガンはS&T製の電動ガンですが、現在発売されているグリースガンのトイガンの中では形状や質感等、再現性は高いほうだと思います。






グリースガンのマガジンは、ごらんの通りポーチからはみ出た状態になります。
キャンティーンの内、1個は陸軍の物ですが、海兵隊では戦時の大増員に対応する為、不足する装備品を陸軍から調達していた為、陸軍の装備と海兵隊独自の装備が混在する状態が普通になっていました。






マガジンポーチやホルスター、ナイフを装備した上にキャンティーンを2個装備すると、いよいよピストルベルトのスペースの余裕がなくなってしまいました。(本物のアメリカ兵ならばウエストの余裕もあるのでしょうけど…)




  

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2017年05月06日

アメリカ海兵隊 P1941 HBTユーティリティ (複製品)







アメリカ海兵隊のP1941HBTユーティリティです。
本品は中田商店で販売されている、セスラー社の複製品です。






HBTユーティリティは本来は作業服として支給された被服ですが、本来軍服として着用されていた「チノ・シャツ」の明るいカーキ色やタイトな裁断が、南太平洋の島嶼地域向きでは無かったため、第二次世界大戦全期間を通してHBTユーティリティが戦闘服として使用されました。






HBTユーティリティはまずP1941、のちに戦訓を取り入れて改良されたP1944が採用されましたが、P1944の着用は1945年の沖縄戦末期に見られる程度で、もっぱら戦後、朝鮮戦争において本格的に使用されました。






襟は第一ボタンで留める事が出来ますが、戦地ではもっぱら開襟で着用されていました。






本品はP1941の中でも後期生産型を再現した物です。
初期の物との主な違いは、ドーナツボタンが赤銅色だったものを黒塗装とし、胸ポケットも初期の物よりエッジが角ばっています。






袖口はドーナツボタンで留めます。






ボタンホール2つに対し、ボタンが4つも付いていますが、実物では2つです。
セスラー、ボタンが多すぎますねw






余分なボタンを外すのは簡単ですが、穴が残ってしまうので、私は着用時には袖まくりをして誤魔化しています。






こちらは対になるズボンです。
生地はHBT(ヘリンボンツイル)、日本語で杉綾織ですが、陸軍とは織目が違うのが特徴です。
色も明るめのセージグリーンとなっています。






ズボンには側面に手を突っ込めるポケットが2つあります。






更にズボンベルトループの近くに懐中時計を入れるための小ポケットがあります。
このあたりの造りが時代を感じさせますね。






背面には貼り付けタイプの尻ポケットが2つあります。
側面のポケットもそうですが、陸軍の作業服のようなプリーツは一切無く、容量は非常に少なくあまり実用的ではありません。






海兵隊独特のズボンベルトを通したところです。
セージグリーンにライトカーキのベルトと真鍮バックルの色味が映えて良い感じです。






前合わせはボタン式です。
ボタンはジャケットと同様、陸軍とは異なる海兵隊独自のドーナツボタンが使われています。






ズボンには内張りなどなく、いかにも作業服らしい造りです。






ズボンの裾は単純な筒袖で、絞り紐等は一切ありません。






海兵隊の官給品Tシャツの複製品です。
第二次世界大戦当時のアメリカ海兵隊のインナーシャツは、独特の青みがかった色調が特徴なので、アメリカ製の精巧複製品を入手しました。(Tシャツ1着に4,000円も使ったのは初めてだわ…w)






着装状況・正面。
ユーティリティ(作業服)なので、全体にゆったりしたデザインで、軍服らしくないところが米軍らしいですね。
帽子はP1941カバーを着用しています。
帽子自体は陸軍のM1941ユーティリティキャップと全く同じ物です。






着装状況・背面。
服の裁断のシンプルさ、着心地のゆったりした感じがよくわかります。
大戦初期の南方装備であるチノシャツ・チノパンツがP1941HBTユーティリティへと取って代わられたのは、服の色もさることながら、着用時の動きやすさが大きな理由だと思います。




  

Posted by らんたろー at 10:00Comments(4)装備:アメリカ軍